神と、記憶と、宗教戦争。

滝兼太郎

神と、記憶と、宗教戦争。

Prologue「(Anyway) It sure was me」

Prologue

 目が覚めると、僕の視界に飛び込んできたのは真っ白な天井。

 

 少しひびの入った白い壁。だが、建物自体はそんなに古くはないようだ。


 広さはそこそこ。しかしその割に、部屋にあるものと言ったら、ブラウン管テレビと、簡素なキッチンくらいのものだった。


 テレビの隣に位置する窓からのぞく風景は、蒼と緑色に染まり、草木は穏やかに風に揺られていた。


 ベッドから半分起き上がってその部屋を一度ぐるりと見渡し、僕は首をかしげる。


 起きた直後で頭の回転が遅いせいか、何か違和感を覚えた。


 それが重要なものなのか、それとも些細なことなのか。

 その結論にすら至ることができずにいた、その時。


「あれ、やっと起きたんだ」


 女性の声。いや、女性というより、少女、と形容したほうが正しいだろう。


「ったく、ずっと起きないんだから・・・」


 僕はその声の源を探る。彼女は僕のベッドの、頭の先の位置に座っていた。

 なるほど、確かにそこは死角だった。彼女は三分の二ほど読み進められた本を手にそう言うと、間にしおりを挟み、パタンと本を閉じた。


「ここは・・・」

「バカバカね・・・見ての通り、部屋よ」


 本当に見ての通りの状況説明が返ってきた。少なくとも嘘ではなかった。が、僕の求める答えには到底なっていない。

 ここはどこの一室なのだろう。


「えっと、そうじゃなくて・・・」


 だが、僕の訂正には構わず、彼女は別の事実を述べ始める。


「アンタは今までずっと、寝てたのよ」


「どれくらい・・・?」

 そんなことを聞いても仕方ないのは分かっていた。しかし、より多くの情報を得たいと思うのは自然だろう。


「何時間寝てたんだか・・・えっと・・・あぁ、もう、数えんのが面倒だからそこは割愛するわ」


 まぁ、今の会話から、コイツならどうせそんな答えだろう、と予想はしていた。だが、起きた直後の彼女の反応を見た限りでは、本当にずっと眠っていたようだ。


 しばらくの沈黙。それば僕にとってはありがたい時間だった。今の状況を全く理解できていない僕は、とりあえずその時間を束の間の脳内整理へと充てた。


 しかしその沈黙もすぐに破られる。


「で、今度はアタシからの質問だけど・・・アンタ、どうしてここにいるの?」


 何だ、僕が聞こうとしていた質問と全く同じじゃないか。僕は首を傾げ、そのまま振った。そんなことは僕が聞きたいよ、と。



「じゃあ、もっと簡単で重要な質問・・・アンタ、誰よ?」


 僕はしばらく黙りこむ。彼女は何も言わず、僕の答えを待っている。

 彼女は簡単な質問、と言った。しかし、今の僕にとってはどちらも大して変わらない。


 むしろ、こちらの質問のほうが難問ではないかとすら思えた。



「・・・分からない」



 僕は正直に回答する。嘘など付いていない。嘘をつく余裕すらないのだから。


「・・・名前は?」

「知らない」


 即答だった。

 彼女はさらに黙りこむ。


「ふざけてる?」


 僕は首を振る。僕だって、冗談であってほしいと思う。だがそれは紛れもない、否定しようのない事実だった。


 少しの間をおき、彼女は再び言葉を発する。


「・・・それっていわゆる、『記憶喪失』ってヤツ?」


 僕はとりあえず頷く。


 たぶんそれだ。そんな気がしていた。改めて四文字にまとめられてみて、やっと確信する。

 これはそうとしか形容のしようがない状況、だった。


「ハァ・・・」


 彼女は大きく、僕に聞こえるように溜め息をついた。そして、いかにも呆れたという表情でこちらを振り向き、窓の外に、そこに答えがあることを願うかのように視線を投げる。


 もちろん、答えなどあるはずもない。彼女はさらに深いため息をついた。当然だろう。



「記憶喪失」などという、天然記念物並みの厄介を抱え込んでしまったのだから。



 そしてそれは紛れもない、僕自身だった。

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