12:稲穂の村

 アデルアの街を出て、船着き場までは、数十分程度の道のりだった。今から渡る川は、海と見まごう程大きな川で、対岸が見えなかった。


「船なんて久しぶりに乗るな。漁師の日雇いしてたとき以来だぜ」

「セドって本当に、色んなことしてたのね……」


 あたしたちは船に乗り込んだ。乗客は少なく、あたしたちの他には五、六人程度だ。

 今朝、目覚めたときに、セドは言った。ハーレンを見つけるまで、側に居ると。

 しかし、彼は理解しているのだろうか。もしあたしが元の世界に帰れたら、永遠の別れとなるということを。

 船は大きく揺れていた。あたしは水面を見つめながら、そのことばかりを考えていた。


「お嬢さん、浮かない顔だね」


 小さな子供を連れた、年配の男性が話しかけてきた。


「ええ、ちょっと船酔いしたかもしれません」


 あたしは言い訳をした。


「もしよければ、この飴を舐めなさい。少しは楽になるから」


 あたしは有り難く、飴を受け取った。ついでにセドも。


「見たところ、旅の魔法使いさんのようだね。ナナ様に会いにかい?」

「そうです。あなたは、サンメイリーの方ですか?」

「そうとも。ナナ様は、サンメイリーの救世主だ。土壌を整える魔法を使い、村を豊かにしてくださった」


 土壌を整える魔法とは、初耳だ。稲穂、という二つ名を聞いたときは、変わった名称だと不思議に思っていたのだが、ここで疑問が解消された。


「ナナ様は、どんな方ですか?」

「気さくでとてもいい方だよ。客人をもてなすのが好きでな。きっと山ほど食事を出されるぞ?」


 すると、セドが口を挟んできた。


「サンメイリーの食事は、さぞ美味しいんでしょうね」

「もちろんだとも。田舎の村だとバカにされることもあるが、うちで採れる米は絶品だからな」


 米が食べられる。そのことに、あたしは少し浮かれた気分になった。この世界に来て長いが、やはり根は日本人なのである。




 川下りは、思っていたよりも長かった。夕刻になり、ようやく船はサンメイリーの村に着いた。

 あたしたちは、話しかけてきた年配の男性、ホッヘの家に厄介になることにした。今からナナの家に行っても、遅すぎるからだ。

 ホッヘには、妻と三人の子供たちがいた。騒がしい食卓に、思わず顔がほころぶ。子供がいるというのは、いいものだ。


「あなたたち、ご夫婦なの?」


 ホッヘの妻が聞いてきた。


「いえ、違います。セドは護衛をしてくれているんです」

「あら。てっきりそうだとばっかり。ごめんなさいね」


 出された食事は、粥と焼き魚だった。美味い。なんて久しぶりの食感なんだろう。醤油が欲しいところだが、さすがにそこまで望んじゃいけない。


「お姉ちゃん、魔法見せて!」


 ホッヘの子供たちが、あたしの足元にまとわりついてきた。あたしはしばし考えた挙句、水球を宙に浮かべる魔法を見せてやった。


「わあ、すごいすごい!」

「もっと見せてよ!」

「すまねえなあ、魔法使いさん」

「いえ、いいんです」


 あたしは調子に乗って、水球を沢山増やしていく。子供たちが触れても壊れないので、格好のおもちゃになったようだ。




 あたしとセドは、屋根裏部屋で寝ることになった。昔見たアニメを思い出す。藁のベッドだ。

 昨日の夜とは、別な意味で寝付けない。あたしはどこかはしゃいでいた。


「今日は楽しかったな!」


 セドが、ベッドを寝転がりながらそう言う。あたしは同じベッドの上に座る。


「うん、大勢で囲む食事って、美味しいね」

「俺もこんな子供時代を送りたかったよ。そうだ、マヤはどんな生活をしていたんだ?」

「一人っ子だったから、両親にはずいぶん甘やかされたわね。まあ、あちらの世界では、平凡な家庭だったわ」


 あたしとセドは、育ってきた環境がまるで違う。異世界人同士なのだから、当然だ。けれど、そんな環境の差もあまり気にならなくなっていた。ヤーデとの暮らしが長かったせいだろうか。


「マヤの世界は、どんなところなんだ?」

「そうね。あたしの国は、何十年も前には戦争をしていたけれど、その教訓から平和な国になったの。でも、まだ戦争をしている国はあるわ」

「それって、どこの世界も同じなんだな。サンメイリーはこうして平和だけど、俺の街はそうじゃなかった」


 そうだ、どちらの世界も、根本的には似ている。こちらには魔法があるという特異性があるけれど、夕食で出されたとおり、米もある。

 なぜ、二つの世界があるのだろう。その答えを、ハーレンは知っているのだろうか。


「なあマヤ、もっと聞かせてくれよ。俺、マヤの世界の話、もっと知りたいんだ」


 あたしはそれから、思いつく限りのことを話した。車や電車といった交通機関があること。学校があり、病院があり、暮らしを整えるための施設が沢山あること。

 そして、あたしの個人的な話。初恋は中学生のときで、一つ上の部活の先輩。卒業してしまうまで、ついに想いを告げられなくて、実らなかった。


「セドは、過去にお付き合いをしたことは……あるわよね」

「まあな。俺、けっこうモテるから」

「ふうん、そっか」

「なんだ、妬くなよ」


 セドは起き上がり、あたしの頭を小突いた。

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