11:髪飾り
翌日、あたしたちはドルガの家を出発した。下山時も、危険が伴う。あたしたちは使い魔の小鳥を頼りに、より安全な道を選んで山を下りた。
ソルホの街へ戻り、一泊した後、次の目的地であるサンメイリーの村に向かった。相当田舎の村のようで、馬車は出ていない。中継地点であるアデルアの街までは、歩くしかなかった。
「アデルアは、どんな街なの?」
「俺も行ったことがないんだ。なんでも、機織りが盛んな地域だから、店が沢山あって華やかだそうだ」
あたしは自分の羽織っている外套の袖を見た。すっかりくたびれてしまっている。ここいらで、外套を新調してもいいかもしれない。
そこまで考えて、あたしはヤーデの屋敷に残してきたスーツのことを思い出した。そう、あたしは会社帰りに、この世界に飛ばされたのだった。
「何考えてるの、マヤ」
「別に、色々よ」
最近セドは、あたしの顔を見ただけで、機嫌がわかるようになっていた。疲れたと口にする前に、休憩を取ってくれるようになった。
それは有り難いことではあったけど、少しばかり気恥ずかしいことでもあった。
アデルアの街には、三日ほどで辿り着いた。セドの言う通り、あちらこちらで衣料品が売られており、あたしは年甲斐も無く楽しみになった。
「ねえ、ちょっと買い物していきましょうよ」
「いいね。見てみよう」
あたしは使いもしないのに、ワンピースやらスカートやらを見はじめた。色とりどりの衣服は、まるで花畑のようであった。
宝飾品の店も、いくつかあった。指輪やネックレスの他にも、髪飾りがあって、あたしはその内の一つに心奪われた。
「これ、綺麗ね」
それは、ひし形の台座に翡翠色の石があしらわれたものだった。
「お嬢さん、お目が高いね。安くしとくよ?」
店主が話しかけてきたが、値段を聞いてあたしは迷った。高級な宿一泊分になる程度だ。あたしが難しい顔をしていると、セドが横から言ってきた。
「これ、俺が買うよ」
「えっ?」
あたしが口を挟む間もなく、セドは代金を店主に渡した。
「ちょっとセド。そんな高い物、わざわざいいのに」
「マヤはもうちょっとお洒落した方がいいさ。ほら、じっとしてな」
セドはその髪飾りをあたしの髪につけた。あたしは、自分の髪が少し伸びていることに気付いた。
「よく似合うな。指輪の色とも合うし、買ってよかっただろ?」
「……うん」
あたしは大人しく、それをつけていることにした。
それから、外套を買い替え、本日の宿を探した。中規模の街なので、いくつか候補はあったが、やはり風呂がついた高めの所にした。
部屋に荷物をおろし、あたしたちは今後の予定を確認した。
「サンメイリーの村は、ここから川沿い、船に乗って下って行けばすぐに着くらしい」
「じゃあ、明日は船着き場まで歩けばいいのね」
「そういうこと。いよいよ、最後の手紙だな」
最後、という言葉に、あたしはハッとする。セドとの護衛契約は、いつまで、とは決めていなかった。しかし、サンメイリーで手紙を渡した後は、ハーレンを探す旅になる。
果たしてそこまで、セドを連れて行けるのか。彼には、あたしの本当の目的を告げていない。異世界へ帰る方法を探している、などと言ったところで、信じてはくれないだろう。
だとしたら、サンメイリーがセドと過ごす最後の地になる。
その夜、あたしは眠れなかった。月明かりが部屋を照らし、壁にかけた外套がぼんやりと光っていた。
水を飲むために、あたしは起き上がった。水差しをカタン、と鳴らしてしまったせいか、セドが起きてしまった。
「眠れないの?」
「うん」
「少し話でもするか?」
あたしとセドはそれぞれのベッドに座り、向かい合って話し出した。
「次のサンメイリーって、どんな所だろうね」
「稲穂の魔法使いが居るってくらいだ、おそらく稲作が盛んなんだろう」
「ナナ様って魔法使い、優しい人だといいけど」
「ああ。ドルガ様は、ちょっとおっかなかったからな」
あたしは窓の外を見た。明るい月は、容赦なくあたしの心を突き刺した。セドにちゃんと、言わないといけないだろう。
「ねえ、セド。次の手紙を渡したら、護衛は終了ね」
「何言ってるんだよ。マヤは故郷に帰る方法を探しているんだろ?それが終わるまで、側に居るさ」
「それは、できないわ」
「どうして!」
セドは声を荒げ、あたしの瞳を射抜いた。言えるわけがない、本当のことなど。
「この先も、危ない目に遭うかもしれないんだぞ?」
「大丈夫。一人で切り抜けるから。使い魔だって居るしね」
「マヤ、言ってたよな? 俺が居て、助かってるって」
「確かに言ったわ。でも、ここから先は、あたし一人じゃないとダメなのよ」
セドは立ち上がり、あたしの肩を両手で掴んだ。
「ハッキリ言えよ。何か、隠してることあるんだろ?」
もう、信じてくれなくても、バカにされてもいい。あたしはとうとう、話すことにした。
「セド。あたしは、異世界から来たの。それで、異世界の研究をしているハーレン様という魔法使いを探しているの」
セドはじっと押し黙った後、こう言い放った。
「マヤ。俺は信じるよ、その話」
「……本当に?」
「マヤは嘘を言ってない。ずっと一緒にいたから、それは判るんだ。だから、信じる」
セドの顔がぼやけていく。頬を伝った涙が水滴になり、あたしの胸に落ちていく。
「泣くなよ」
「だって」
セドは、あたしを抱きしめる。強く、けれども優しく。
そしてあたしたちは、同じベッドで眠った。
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