09:山小屋
ソルホの街に着いてから数日後。あたしたちは、ついにガレス山の登山道へと入った。
山登りなど、高校の校外学習以来。しかも、登山道とはいってもほとんどけもの道。
しかし、あたしには使い魔と、それにセドが居る。重い荷物はほとんどセドが背負ってくれ、あたしは道に集中することができた。
「急に、寒くなってきたわね」
「ああ。ここは気候が丸っきり違うって、店の主人も言っていたな」
あたしたちは、身体を温めるプレート型の魔道具を装備していた。元の世界でいうカイロのようなものだ。それでも、向かい風が吹き抜けるこの山道は辛いものがあった。
セドは、ほとんど喋らなかった。無駄話をして、体力を消耗させたくはなかった。
日が落ちる前に、中腹の山小屋に着いたあたしたちは、そこで一泊することにした。
「マヤ。この魔道具、使えないんだけど」
「えっ、本当に?」
山小屋には、小屋全体を暖める魔道具があると聞かされていた。入り口付近に埋め込まれている丸い球が動力源で、それに魔力をあてれば発動するはずだった。
「……ダメね。完全に壊れてる」
「仕方ない、火を起こして暖を取ろう」
あたしたちは、小屋の真ん中に備え付けられていた、いろりのようなものに火を点けた。しかし、部屋全体が暖まるまでにはいかない。
「寒い……」
あたしはガチガチと歯を打ち鳴らし、悪寒に耐えていた。毛布にくるまり、横になってはいるのだが、こう寒いと眠れない。セドも同様だった。
「なあ、マヤ。もう少し、こっち来いよ」
セドの言葉にあたしは迷った。けれど、寒さには勝てなかった。あたしはセドの身体にぴたりとくっついた。彼の体温が、じわりと伝わってきた。
「温かいわね。まるで子供みたい」
「悪かったな」
いつの間にか、あたしたちは抱き合って眠っていた。それは、寒さだけが理由ではなかった。
山小屋を出て、半日ほど歩くと、一人の青年の姿があった。青年は、銀色の長い髪と、真っ赤な瞳を持っていた。
なぜ彼が、ここに立ってあたしたちを待っていたのかというのは、なんとなく解った。おそらく結界に触れたのだろう。
「俺は紅蓮の魔法使いの弟子、イシュト。貴様は誰だ」
「大樹の魔法使いの弟子、マヤ。紅蓮の魔法使い、ドルガ様に会いに来ました」
「俺はセド。護衛です」
あたしはノエラからもらったペンダントを掲げた。イシュトは黙ったまま頷き、背を向けて、ついてくるよう促してきた。
「噂通り、無愛想な奴だな」
「セド、聞こえるわよ」
イシュトはあたしの歩みに合わせ、ゆっくりと歩いてくれた。彼があまり喋るのが得意そうではないと思ったが、あたしは試しに話しかけてみた。
「ドルガ様は、どんなお方なのですか?」
少し間を開けて、イシュトは口を開いた。
「厳しいお方だ」
「そうですか」
思った通り、会話は途中で詰まってしまった。しかし、山登りの最中だ。これでいいのだろう。
あともう少しで山頂だというとき、もう一つの山小屋があった。あたしたち三人は、一度そこで休憩を取ることにした。余裕ができたせいなのか、今度はイシュトから話しかけてきてくれた。
「大樹の魔法使いには、弟子が居ないと思っていたのだが」
「ええ。私は、最初で最後の弟子です」
「ということは、ヤーデ様は」
「お亡くなりになりました」
「……ドルガ様は、悲しまれるだろうな」
イシュトは赤い瞳を閉じ、物思いにふけっているようだった。
「さあ、そろそろ行くぞ」
あたしは立ち上がり、もうひと踏ん張りすることにした。
山頂には、ごく小さな二階建ての家が建っていた。ここで二人暮らしをするには、いくぶん狭そうに思えた。
イシュトはあたしたちを木の椅子がある部屋に通した。
「ドルガ様は、少し休まれているようだ。しばらく待っていてほしい」
「お身体が、悪いのですか?」
「最近、めっきり弱ってきてな。寿命が近いのかもしれん」
あたしはイシュトに親近感を感じていた。老いた魔法使いとの二人暮らし。それは決して、愉快なものではないが、苦しいものではなかった。ヤーデが息を引き取るまでは。
「イシュトさんは、その……」
「イシュト、でいい」
「ではイシュト。あなたはなぜ、ドルガ様の弟子に?」
イシュトは眉をひそめた。しかし、質問には答えてくれた。
「俺は元々、ソルホで暮らしていた。幼い頃、ドルガ様に出会ってな。才能を見抜いてくれた」
「それで、ここにはずっとお二人で?」
「そうだ。もう何年経ったか、忘れるほどに」
二階から物音がして、イシュトは立ち上がった。ドルガが起きてきたのだろう。セドが言った。
「じゃ、俺は外に出てるぜ。魔法使い同士の、大切な話なんだろう?」
「ごめんなさい。そうしてくれると助かるわ」
あたしはノエラのときのように、緊張しながらドルガが降りてくるのを待った。
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