08:夢
ソルホの街へと無事到着したあたしたちは、ゾレンと別れ、まずは宿を取ることにした。今まで巡ってきたレドリシア、シオドルと違い、ここはごく小さな街だった。宿屋も一軒しかなかった。
宿屋の主人に、ガレス山に登ると言うと、かなり驚かれた。
「確かにここで山支度をするのが賢明だが、あの山に登ろうっていう旅人なんぞ、久しぶりだぜ。嬢ちゃん、身体もつのか?」
「はい。これでも魔法使いですから」
「ああ……なるほど。紅蓮の魔法使いに会いに行くんだな」
ドルガの名は、この街では有名らしい。何でも、ドルガ自身は下りて来ないが、月に一回、彼の弟子が食料を買いに来ているとのこと。
「そのお弟子さんは、次はいつ来ますかね?」
「実は、昨日来て、帰っちまったところだ。あと一月しないと、来ないだろうよ」
なんと間が悪い。もし弟子と会うことができたら、案内してもらおうと思ったのだが。
しかし、あたしには小鳥の使い魔が居る。この子が道を示してくれるだろう。
「マヤ、充分休息を取ってから行こう。支度も、ゆっくりやればいい」
「そうね、セド。何日かここに滞在しましょう」
本当は、早く手がかりを見つけたい。けれど、焦って山で命を落とせばまるで意味がない。あたしとセドは、部屋に荷物をおろした後、夕食を採るため酒場へと向かった。
あたしたちは、「鈍色の仔牛亭」に入った。酒場も、この一軒しかないようだった。あたしたちは、ここで一番高い品、牛肉のシチューを注文した。
「牛肉なんて、久しぶりだよ!」
セドは嬉しそうにシチューに食らいつく。注文して良かった。
「この辺では、牛を飼っているのね」
「どうやらそうみたいだな。本当に美味いぜ、これ」
あたしたちがシチューに舌鼓を打っていると、地元の老人が話しかけてきた。
「お前さんたち、ガレス山に登るんじゃろ?」
「ええ。どうして判ったんですか?」
「ここに来る旅人といえば、商人か山に登る者だけじゃよ。小さな街じゃからな」
あたしは老人から、山支度ができる店を色々と教えてもらった。寒さをしのぐための魔道具も、この街には売っているらしい。
そして、ガレスの話も聞いた。彼は既に老人で、かなり気難しい男とのこと。弟子も弟子で、無口で無愛想のようだ。
あたしは少し不安になったが、ヤーデの名前を出せば、きっと打ち解けてくれるに違いない、と楽観的に考えることにした。
「して、お前さんはどうして魔法使いになったんじゃ?」
「とある事情で、魔法使いに助けられまして。彼女と暮らす内に、弟子にならないかと持ちかけられたんです」
「そうかい、そうかい。実は、わしも若い頃は魔法使いに憧れたもんでな。才能があるというのは、羨ましいのう」
魔法使いの才能。異世界人のあたしが、どうしてそれを持っていたのかは定かではない。異世界人だから、なのだろうか。同じ質問をして、ヤーデにも分からないと言われてしまったっけな。
「お二人の無事を祈っておるよ」
「ありがとうございます」
老人が去って行った後、セドが聞いてきた。
「マヤの師匠って、どんな人だったんだ?」
「口調が厳しいときもあったけど、穏やかで、優しい人だった。まるで祖母みたいに、家族のように接してくれた」
「魔法使いの師弟って、みんなそんなものなのかな?」
「さあ、分からないわ。他の魔法使いとはあまり交流がなかったものだから」
あたしたちは、その日は早めに帰って、ゆっくり休むことにした。
夢を見た。両親の夢だ。
あたしの父は、あたしが大学を卒業する間際に急死した。心筋梗塞だった。あれだけ元気だった父がなぜ、とあたしと母は途方に暮れた。
夢の中で母は、編み物をしていた。父のことを考えないようにと、始めた趣味だった。
「摩耶、ハサミを取ってくれる?」
「うん、このハサミでいい?」
「ありがとう」
母はケープを編んでいた。それは、あたしのために作ったものだった。桃色の毛糸で編まれたそれを、母はそっとあたしの肩にかけた。
「似合うわ、摩耶」
「えへへ、そうかな」
「あなたはどこにも行かないでね。母さんは、あなただけが頼りなのよ」
あたしは絶叫を上げて飛び起きた。身体がガクガクと震え、ひどく寒かった。あたしの声を聞いたセドが、すかさずあたしのベッドに駆け寄ってきた。
「大丈夫か、マヤ!」
「平気……」
セドは右手であたしの手を握り、左手で背中をさすってくれた。そうしている内に、震えは何とか治まった。
「悪い夢でも、見たか」
「そんなところよ」
あたしは夢の内容を、とてもじゃないが話す気になれなかった。話すことで、記憶に焼き付いてしまうと思ったからだ。この夢のことは、早く忘れてしまいたかった。
「なあ、マヤ。もう少し俺に頼ってもいいんだぞ? お前は魔法使いだけど、それ以上に、女の子なんだから」
「バカね。あたし、実年齢はもっと上よ?」
「関係ないさ。俺にとってのマヤは、か弱い女の子だ」
そう言ってセドは、あたしの額に口づけをした。あたしはそれを、嫌だとは思わなかった。
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