06:遺跡
シオドルの街へは、セドの言う通り、五日で到着した。途中、イノシシに出くわしたり、嵐に遭って慌てて木陰に逃げ込んだりということもあったが、おおむね順調な道のりだったと言えるだろう。
「ほら、ここがシオドルの遺跡。朽ちてはいるけど、立派なもんだろ?」
あたしの目の前にあったのは、どう見ても軍艦だった。
その軍艦――遺跡には、自由に立ち入ることができた。粗末な縄梯子をつたって、甲板へと出る。所々、床が抜け落ちており、歩くのには相当な注意が必要だった。元の世界じゃ、絶対に立ち入り禁止だろう。
「きゃっ……」
「マヤ!」
あたしは足を滑らせ、転びそうになったが、セドが手を取って間一髪立ち上がることができた。
「危なかったな」
「ええ、ありがとう」
あたしたちは、操舵室まで来て、当たりを見回した。計器はむきだしになっており、ずいぶんと荒れ果てている。
これが何であるかを、この世界の人々は知らないのだろう。でなければ、遺跡なんて呼ばれるはずはない。
「不思議ね。何でこんなところに、こんなものが?」
「それは判っていないらしいぜ。失われた古代の技術で造られた、って学者は考えているみたいだけどな」
あたしは、一つの仮説を思い付いた。この軍艦は、あたしと同じように、異世界転移をしたのではないだろうか。
しかし、それにしては、年月が経ちすぎている。あたしは軍事に詳しいわけではないが、第二次世界大戦頃に造られたものではないかと思ったのだ。
「マヤ、日が暮れてきた。遺跡探索はこの辺にして、宿を探さないか?」
「そうね。お風呂があるところがいいわ」
この五日間、雑魚寝の簡易宿にしか泊まっていないので、あたしは早く身体を洗いたかった。異世界人の元事務員にとって、これはかなりキツいことであった。
翌日、上質なパンと豆のスープで腹ごしらえをしたあたしは、街の図書館へと向かった。学者が多いこの街には、自然と学術的な施設が揃う。ちなみに、セドは興味がないからという理由で、ついてこなかった。
重い扉をくぐり、図書館の中に入ると、学者なのだろう、受付に髭を生やした老人が座っていた。
「すみません。無限の魔法使いについて知りたいんですが、何かご存じですか?」
「そういう魔法使いについては、知らんなあ。すまんね、お嬢さん」
「いえ、いいんです。では、異世界研究についての本はありますか?」
「おお、異世界について興味があるのかね?」
学者は椅子から立ち上がり、嬉々としてあたしの方に歩いてきた。
「ついていらっしゃい」
あたしは広い机のある小部屋へ通された。小部屋には、小さな本棚があり、特別な本がここにしまわれているようだった。
「百年ほど前。アルトリーデンという学者が、この街に現れた。彼は言った。自分は異世界から来たのだ、と」
学者は一冊の本を本棚から出し、あたしの前に広げた。そこには、眼鏡をかけた年配の男性の絵があった。
「彼がアルトリーデンだ。彼は、あの遺跡を見て、自分と同じ世界からきたものだと言った。まあ、今じゃ少数説だがね」
やはり、思った通りだ。あれは間違いなく軍艦なのだ。
「彼は元の世界に帰るため、色々と研究をしておった。その一端が、この本に収められている。しかしだな、彼の世界の言語で書かれているため、誰も読めんのだ」
あたしはページをめくった。これは、英語……いや、ドイツ語だ。英語なら、まだなんとかなっただろうが、ドイツ語となるとさっぱりわからない。あたしは落胆した。
「それで、彼はもう、ご存命ではないですよね?」
「もちろん。しかし、いつ亡くなったかは分からん。一説には、この街を出てしまった、とあるからの」
「そうですか。残念です」
それから、アルトリーデンについて、いくつかの逸話を聞かせてもらったが、元の世界に帰るための手がかりは見つからなかった。
「マヤ、遅かったじゃないか」
図書館を出ると、セドがぶっきらぼうにそう言った。
「調べものがたくさんあってね。まあ、収穫はそこそこ、といったところよ」
「よかったな。じゃ、早いとこメシにしようぜ」
あたしたちは、「銀の雄鶏亭」という安酒場に向かった。セドと葡萄酒で乾杯をした後、今後の予定について相談した。
「ソルホの街へは、さすがに徒歩じゃ行けない。だが、商用の馬車に乗せてもらえば、三日で済む。ソルホは、シオドルから物品を運んでもらっているからな。馬車ならいくらでも出ているだろう」
「じゃあ、明日は馬車探しね」
「ああ。その辺りは、俺が何とかする。任せてくれ」
鶏肉のフライが運ばれてきた。レモンをかけたいところだな、なんてあたしは思う。セドはそれにがっつきはじめ、あたしも負けじと口に運ぶ。
「セドは美味しそうに食べるわね」
「そうか?」
セドの口元には、汚れがついていた。あたしはそれを、何の気なしに指でぬぐった。
「ちょっ……」
「小さい子みたいで、気になったから」
あたしがそう言うと、セドはニヒヒ、と気持ちの悪い笑い方をした。
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