03:一通目の手紙
調律の魔法使い、ノエラは、ふっくらとした頬と真っ白な髪、それに優しげなブルーの瞳をした魔法使いだった。彼女の丸い眼鏡の縁が、夕日に当たってきらめいた。
「いらっしゃい。マヤ、だったわね」
「はい、そうです」
ノエラの部屋には、大きな机の他に応接用のソファと長机があり、あたしはソファに座るよう促された。
「すぐにお茶の用意ができるわ。少し、待っていてね」
ノエラがそう言うと、扉がノックされ、幼い女の魔法使いが入ってきた。
「お茶をどうぞ」
彼女は慣れない手つきであたしとノエラの前にティーカップを置いた。まだ魔法院に来て日が浅いのだろう。
彼女がお盆を持って出て行った後、ノエラは言った。
「あの子はね、私の十三番目の弟子なの。もうおばあちゃんになったから、弟子は取らないと決めていたけど、あまりにも才能があってね。私の最後の弟子だわ」
ノエラはカップを手に取り、少し紅茶を口に含んだ後、続けた。
「そして、あなたは、ヤーデの最初で最後の弟子ね。その指輪は間違いなくヤーデが造ったもの。それで、ヤーデはお元気?」
「師は、一ヶ月前に、亡くなりました」
「そんな……そう、そうだったのね」
ノエラは深いため息をついた。ヤーデの死は、あたししか知らないのだろう。
「それで、手紙を届けに来てくれたと聞いたけど」
「はい、こちらです」
あたしが手紙を差し出すと、ノエラはその場で封を切り、読み始めた。そして、レースのハンカチで、目元をぬぐった。
「マヤ。あなたは、異世界人なのね?」
「ええ。手紙にそう、書いてありましたか」
「あなたの手助けをするように、とあったわ。もちろん、そうさせて頂くつもりよ」
それからノエラは、ヤーデとの関係について話し出した。
ヤーデとは、若い頃に知り合い、共に各地を渡り歩いた仲だったそうだ。ヤーデがお転婆だったことも、もちろん知っていた。
そしてノエラが、魔法院に入ることになり、彼女たちは一度別れた。しかし、いつでも会えるようにと、ヤーデはレドリシアの近くに屋敷を構えた。
だが、ノエラが魔法院の院長になってからは、忙しくて会えない日々が続いた。その内に、彼女らは疎遠になってしまった。
「もっとヤーデを気遣ってやれば良かったわ。でも、それも過ぎたこと。あなたの世話をやかせてちょうだい。それでヤーデの弔いになるのなら」
「ぜひ、お願いします」
ノエラは立ち上がり、大きな机の引き出しの中から、ピンク色に光る魔石があしらわれたネックレスを取り出した。
「これは、巡礼の旅をする魔法使いが身に着けるもの。あなたの旅は少し違うものだけど、きっと役に立つわ」
「ありがとうございます」
「それと、個人的に資金の援助をさせてもらうわね。私のできることといったら、それくらいだから」
あたしは有り難く、その両方を受け取ることにした。そして、例の魔法使いのことを聞いた。
「異世界の研究をしている魔法使いがいると、聞いたのですが」
「知っているわ。でも、ごめんなさい。直接お会いしたことはないの。ただ、その方の二つ名は、無限。無限の魔法使いよ」
「無限の魔法使い……」
「その方がどこに住んでいるのか、今どこにいらっしゃるのか、魔法院でも把握していないの。長命な魔法使いで、魔法院ができる前から存在していたそうだから」
この魔法院が、いつからあるのかは知らないが、この建物の古さからすると、相当歳を取っているのだろう。
「今もその方は、ご存命なのでしょうか」
「きっと、生きていらっしゃるわ。根拠はないけれど、私はそう感じるの」
日が傾き、茜色に空が染まる頃、あたしは魔法院を出た。もうここには用は無い。一刻も早く手がかりを見つけたい。そのためには、残る二通の手紙を届けなければならない。
あたしは夕食をどうしようか迷った。宿屋で採ってもいいのだが、お世辞にもあまり美味しいとは思わなかったのだ。
それで、街にある酒場へと入ってみることにした。
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