02:旅立ち

 ヤーデがあたしに遺してくれたのは、二匹の使い魔と、四通の手紙だった。

 使い魔の内、黒猫は危険を察知する能力を。小鳥は、道を示す能力を持っていた。

 そして、手紙の内三通は、それぞれヤーデが懇意にしていた魔法使いへ宛てたものだった。

 残りの一通に、魔法使い宛ての手紙を、直接彼らに渡すようにとの言葉が記されていた。しかし、必ずそうしなくても良いとも書かれていた。

 旅をすれば、異世界研究をしている魔法使いに会えるかもしれない。それは生前、ヤーデが言っていたことでもある。彼女は最期に、その機会を与えてくれたのだ。


「元の世界へ帰りたいのなら、これを使いなさい」


 そう言う師の声が聞こえた気がして、あたしは旅をすることに決めた。




 ヤーデと住んでいた森を抜け、街道に入った。そこから、この世界の大規模都市・レドリシアへは、半日で着くという。

 案外、都会の近くに住んでいたのだと今さらながらに驚いた。

 あたしはこの世界に来てから、あの森を出たことがなかったのだ。

 ちなみに、屋敷の周囲には迷いの魔法がかけられており、それを解除しない限り、誰も屋敷にたどり着けない仕組みだ。

 いつ終わるともしれない旅。そして、最終的には屋敷に戻るという可能性も、一応は頭の中に入れていた。




 初めに訪ねるのは、レドリシアの魔法院の院長をしているという魔法使いだ。

 魔法院とは、この世界でいう魔法使いのお役所的なものらしい。

 レドリシアに近づくと、一際高くそびえる塔が見えてきて、あたしはあれがそうなのだと直感的に判った。

 しかし、もう夜が更けようとしていたので、ひとまず宿を取ることにした。


「いらっしゃい。お嬢ちゃん、一人かい?」

「ええ。二泊で」

「うちは前金だよ。金持ってるんだろうね?」


 なるべく小奇麗で、食堂もある大きな宿を選んだのだが、店主の口は悪かった。

 レドリシアに着いてよく分かったのだが、ここは元の世界で言うコーカソイド系が多い街だ。

 アジア系の見た目の人間も居なくはなかったが、数は多くない。明らかに、なめられていた。

 あたしは言われた通りの金額をカウンターに叩きつけた。あえて、指輪をはめた左手で。


「あ、ま、魔法使いの方でしたか。これはこれはようこそ、こんな汚い宿に……」

「部屋は?」

「今すぐご案内しますんで!」


 これもヤーデの教え。魔法使いというのは、人々から尊敬され、同時に畏れられている。

 あたしのように、ただの小娘にしか見えない人間が一人旅をするためには、魔法使いであるということを存分に利用しなければならない。

 ここは日本じゃない。使えるものは使わないと、きっと生き残れない。

 外套を部屋に置き、あたしは食堂に向かった。客たちがチラチラと顔を見てくる気がするが、一切目線をぶつけないようにした。

 粗末なパンとスープをかきこみ、あたしはすぐに部屋へと戻る。さすがに、疲れた。

 あたしを癒してくれるのは、二匹の使い魔のみ。ベッドの上で、あたしは黒猫を抱き上げた。


「どうか、無事に旅が終わりますように」


 枕元にいる小鳥が、心配そうにあたしの顔をのぞき込んできた。大丈夫。きっと、大丈夫だから。




 翌朝、あたしは真っ直ぐに魔法院へと向かった。

 高い塔が近づくにつれ、魔法使いたちとすれ違うことが多くなった。直感で、そうだと判るのだ。同族意識のようなものだろうか。

 魔法使いたちの中には、怪訝そうにあたしを見つめる者もあった。この顔立ちで魔法使いというのは珍しいのだろう。あたしはなるべく、目を逸らしながら歩いた。

 塔の門扉は開かれていた。あたしはやや緊張しながらそこへと入って行った。


「ごめんください。大樹の魔法使いの弟子、マヤと申します」


 窓口にいた男の魔法使いが、あたしの姿を上から下まで眺めて言った。


「大樹の魔法使い? 彼女は、弟子を取らないことで有名だ」


 ああ、そうなんだ。あたしは、今さらながらに魔法使いの常識を知った。しかし、引くわけにはいかない。


「この指輪が、その証拠。そして、調律の魔法使い、ノエラ様に、師の手紙を届けに参りました」


 あたしが左手を差し出すと、男の魔法使いは、指輪をジロジロと見つめた。


「贋作では、なさそうだな。しかし、本当に大樹の魔法使いの弟子なのか、私には判断がつきかねる。ノエラ様なら、それが可能だろうが」

「では、ノエラ様にお目通りをさせてください」


 魔法使いの男は、しばし考え込んだ後、窓口付近にあった椅子で待つように言い、奥へと消えて行った。

 そこで、何時間待ったのだろうか。あたしは度々、眠りこけそうになりながらも、何とか耐えていた。

 まるで、病院の待ち時間みたいだな。そこまで考えて、あたしは魔法使いになってから、病気をしたことがないことに気付いた。これも魔法使いの恩恵だろうか。


「マヤという魔法使いはいるか」

「はい」


 日が落ちかけようかというときになってようやく、窓口に居た魔法使いが、あたしに声をかけてきた。


「こちらへ」


 あたしは魔法使いの後につき、階段を上って行った。魔法使いの身でなければ、とっくに息が切れている頃、大きな扉が見えてきた。


「ノエラ様が中でお待ちだ」


 さあ、最初の一通だ。あたしは大きく息を吸い込んだ。

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