5 編成師リユラ、ロックオンされる

 ルスランが振り向いた。ザナトを見る瞳が、興奮でキラキラと光っている。

「いやー、こんなに話が通じたの、初めてかもしれない……!」

「イナの木の精霊に?」

 ザナトが聞くと、ルスランは大きくうなずく。そして足早に歩き出すと、いきなりガサガサと庭の藪に分け入った。

 ザナトは一瞬、自分の友人までがリユラのような奇行に走ったかと思ったが、ルスランはぶんぶんと手を振って彼を呼ぶ。

「あった、これだ。ザナト、来てみろよ」


「何だよ」

(そういえば、この辺りは前にリユラがテントを張ってた場所だ)

 思い出しながらザナトが後に続くと、ルスランは屈み込んで、藪に絡まる蔦を指さした。

「ヨルアオの花だ」

 何の変哲もない蔦に、何の変哲もないつぼみのようなものがいくつもついている。

「花? ……咲いてないな」

「この季節の、夜にしか咲かないんだ。呪文譜スペルピースの中で、水色の花がいくつも咲いただろう? あれだよ」

 ルスランは立ち上がると、イナの木を指さした。

「あそこからこっちが、ちょうど西。この珍しい花が木の精霊の気を引くように呪文譜が編成されてるのがわかって、俺もそのつもりで詠唱したけど、やっぱりだったな。たぶん他にも、似たような誘いが仕込んである」


 ザナトはハッとした。

 テントを張って、一晩ここに泊まったらしいリユラ。おそらく、一昼夜ここにいて様子を見ていたのだろう。気難しいイナの木に「その気」になってもらうために必要な要素が、この付近にあるかどうか。

「もしかして、ノーア草も」

 ザナトは手をついて視線を低くし、藪の周りを見渡した。

 特に珍しいわけでもないノーア草が、あちこちにちょぼちょぼと生えている。しかしよく見ると、その色は彼の知っているものと微妙に違っているような気がした。


「……素材屋で売ってるノーア草じゃ、ダメだったってことか……?」

 ザナトがつぶやくと、ルスランが首を傾げる。

「ダメって何が?」

「あ、いや」

 立ち上がりながらザナトが口ごもっていると、ルスランはそれに構わず頬を紅潮させた。

「イナの木だけじゃなくて、大観衆が喜んでくれてるような気分だった。すばらしい呪文譜だ、また一緒に仕事がしたいな。リユラだったっけ、今度紹介してくれよザナト!」

「お、おう」

 彼らの会話を後ろで黙って聞いていたテオドールが、ぼそっと言った。

「僕も、こういう編成師と仕事がしたいな」

 ザナトは彼をちらりと見たが、とりあえず黙っていた。


《ザ・ワンド》に戻ったザナトは、主塔の地下にある資料室に向かった。

 誰もいない資料室に明かりをつけ、書棚から取り出したのは、職員の仕事の記録だ。どんな属性の精霊を相手にした時に呪文がどう作用したか、という記録から得意属性を探るために、職員一人一人の記録が残されている。

 精霊にうまく呪文が伝わらず、一度で案件が解決しなかったときには、追加の呪文譜を作ったり他の職員に交代してやり直さなくてはならない。そういった無駄を省くためにも、記録は重要だった。


「あった……リユラ」

 ザナトは『編成師』のファイルからリユラのページを見つけ出し、指でなぞりながら内容を追う。そして、感嘆のうなり声を上げた。

「初回成功率、95%……?」

 つまり、彼女の編成した呪文譜はほぼ一発で、精霊にその意志を伝えているということになる。

(でも、とにかく仕事量が少ないせいで、『効率』の項目がかなりの低評価になってる。エルドス部長は総合評価だけを見て、適当にリユラを専属に選んだ……?)

 ザナトは腕を組み、しばらくその場で考えに沈んだ。


 トントン、とノックをすると、「はーい」と返事。

 ザナトは作業小屋の扉を開け、中に入った。……作業台のところに、リユラの姿はない。

 見回していると、ロフトからミルクティー色の髪がのぞいた。

「あっ、構築師の!」

「ザナト!」

 彼が名前を言うと、リユラはあわてて階段を駆け下りてくる。

「ですよね、ザナト! ええと、お仕事ですか?」


「まあ、それもなんだが。先に、この間の図書館の件の報告をさせてもらう」

 目を逸らすザナト。リユラは目を丸くする。

「まあ、わざわざ? ありがとうございます! あ、お茶」

 部屋の隅に水道とコンロが一口だけのキッチンがあり、リユラはそちらに走っていってケトルに水を入れた。

「うまく行きましたか?」

「ああ。毎日少しずつ根の位置が変わっていると、監察官の報告が上がってきてる」

「よかったー」

 ザナトは勝手にその辺のスツールに腰掛けると、聞いた。

「あんた、もしかして、色が見えてる・・・・・・のか?」


「え、色? ああ」

 ガチャガチャと食器を鳴らしていたリユラは振り向いて、にっこり笑った。

「呪文譜の第一稿を見たとき、色が綺麗だったので、うまく行きそうだなって思ってたんです!」

「第一稿なんて、黒一色だったろ」

「そんなことないですよ? とても綺麗でした」

 琺瑯ほうろうのポットに何やら入れながら、リユラは不思議そうに言う。ザナトは言った。

「気づいてないのか? あんたのそれは、おそらく『色聴』って能力だよ」


「色聴……?」

 首を傾げるリユラに、彼は説明する。

「共感覚の一種だ。音や文字、形から色覚を刺激されて、色彩が見えてくる現象を言う。あんたの場合は、俺が構築した呪文から色を読み取ったんだと思う。その色を、呪文譜に反映して編成したんだろ」

「ああ、言われてみるとそうかも!」

 リユラはあっさりと言い、カップを載せたトレイを運んできながら微笑んだ。

「綺麗に調和してたでしょう? 見えた通りの色が出せないと、私なんだか気持ち悪くて、うまく編成できないんです。でも、今回はうまく出せたと思います!」


 それで調和がとれていたのか、とザナトは思う。

 リユラの目には、呪文譜の第一稿自身が、必要とする色を発しているのが見えていたのだ。彼女にしてみれば、それにぴったりの色を編成するだけでよかった。もちろん、実際にそうできるかどうかというのは別の能力になるが。


(天才、ってのは、こういう奴のことを言うのか)

 何となく悔しく感じて、ザナトは細かく追求してみる。

「《ザ・ワンド》出入りの素材屋で買えるノーア草を、わざわざ図書館の庭で摘んだのは何でだ」

「素材屋さんでは、ノーア草は在来種しか扱ってないんです」

 湯気の立つカップの載ったソーサーを彼に渡しながら、リユラはのほほんと言う。

「でも、イナの木はお隣のエキザカム国から渡ってきた外来種。ノーア草にも外来種があって、そっちの方が同郷のお友達なせいか、イナの木の色に馴染むんです。それに木も喜ぶんじゃないかなーって。でもちょうど切らしちゃってて」

「元々は持ってたんかい」

 思わず突っ込むと、リユラは「ええ」と軽くうなずいた。

「で、どうしようかなーと思いながら、とりあえずイナの木に会いに図書館に行ったら、外来種のノーア草がまさに! 木に移動してほしい西側の方にあったんですよ! すごいですよね! イナの木、きっと喜んでそっちに移動してくれますよー」


 ザナトは彼女のマイペースがもどかしくなってきて、ついつい強い調子で言う。

「何で編成に二週間もかかるんだよっ」

「外来種のノーア草を呪文譜の主線に使うなら、糸を染めないと。あ、これが染めたやつです」

 リユラはトレイを作業台に置き、糸巻き台から草色の糸巻きを取り上げる。シャトルにはめ込んで使うものだ。

「草の精霊は、強いお酒で酔わせないと色を出してくれないでしょ?」

「でしょって、知らないけど」

「草をアルコールに一週間以上は浸けるから、色々こみこみで、二週間」

 指をぴっと二本出すリユラ。


 彼女のおかしな行動に、とりあえずの理由がついて、ザナトは少々脱力した。

(なるほどな。でもこの調子じゃ、部長とは合わないだろう)

 ふと、口をついて小言が出た。

「あんたさぁ、こんだけの仕事ができるのに、何で上司に何も言わないんだよ。少しは強く出ろ、バカにされんぞ」

「え? そんなことないですよ?」

「なくないんだよっ。もしこれで効率さえ上がったら」

 言いかけて、ザナトは口をつぐむ。

(待てよ。もしこいつの成績が今より上がったらどうなる? 部長が彼女に仕事を振る件数が増える可能性も……)

 ザナトはリユラを、じっと、見つめた。

(悪いが、部長に彼女はもったいない。部長が彼女の能力に気づいていない今なら――奪えるかも)

 じっ、とリユラを見つめると、彼女は自分のカップを手にしたまま首を傾げる。

(インターンのテオドールも、こいつを気にしていたな。あいつが正職員になって、リユラをかっさらわれたら、気にくわない。これは、何か手を打つ必要があるな) 


「ど、どうしたんですか? なんか、笑い方が怖いですよ?」

 リユラが怯えたように肩を竦め、上目遣いで彼を見る。

「いーや、何でも」

 ザナトは澄ましてカップの茶を一口飲み――ぶっ、と噴き出した。

「酸っぱ! なんっじゃこの茶は!?」

「リユラオリジナルハーブティです、気持ちが穏やかになるんですよー」

「ならねぇよっ!」

 彼は口元をぬぐいながらトレイにカップを戻し、鞄からさっさと書類を出す。

(とりあえず、研究の参考になりそうだ。こいつの技、色々と見せてもらおう。お手並み拝見、第二弾だ)

「おらっ、茶はいいから次の仕事だ」


「はーい! わあ、今度は辺境のお仕事ですね!」

 リユラは第一稿に目を通しながら言い――不意に黙り込んだ。

 イヤな予感がして、ザナトは尋ねる。

「……どうかしたか?」

 顔を上げたリユラは、にっこりと言った。

「これ、急ぎじゃないみたいですから、秋にやりましょ!」

「半年後かよ!」

「だって、秋の方がいい条件が揃うんですー」

「やっぱりトロい!」



【CASE・1 終】

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