第5話 マスコットさわらくん

マスコットさわらくん


「で、どないやろか?」

と商工会長が税理士九条敦の目の前の机に五体のフェルト人形を並べて見せて、ちら、と若い税理士の端正な顔を見上げた。


黒縁眼鏡の奥の彼の眼は平安貴族の恰好をして恨めしや、と両手を構えたマスコット「さわらくん」を一応手に取って眺めて見て再び机の上に戻すと「で、これを長岡京市のゆるキャラにしようと?」と冬の琵琶湖の水面みなもの如き寒々とした眼で商工会長に質問した。


「へえ、へえ、ここ長岡京市の、他の市町村と比べてパンチのあるキャラがいたやないか!と10日前の朝思いついて早速デザイン工房に勤めている甥に図案描いてもろうて、五種類の図案のマスコットをフェルト細工の講師やってる嫁はんに作ってもろたんや」


ええやろ?と商工会長はどや顔で敦の顔を覗き込む。


「で、人形はこの五体だけ?」

「ええ、案が通ったらとりあえず一種類につき100体生産して一体450円で売りに出そうと思うてます」

「では、500×450で22万5千円の売り上げがありますなあ、人形作るんは一体いくらかかったんで?」

「65円です」

「では、65×500で3万2500円の原価さっ引いて、19万2500円の利益ががっぽりと」この企画の純利益額を敦は暗算して告げた。


せや!と大きな目をぎょろつかせて鼻も顎も尖った顔立ちをした商工会長はそこではた、と手を打ち顔の左右に人魂をまとったさわらくんを敦の顔前に突き付け、

「長岡京といえば悲劇の廃太子、早良親王さわらしんのう!当市と致しましては、この場で九条先生の御指南を仰いでゆるキャラ、怨霊さわらくんを大体的に押し出して長岡京市アピールに打って出ようと攻めの姿勢で行きます!」


敦は顎に手をやってうーん、と何か考える素振りをしてからソファに座り直し、出されたコーヒーに口を付けてから「あきまへん」と笑いながら言った。


「あの伝説の熊のゆるキャラが生まれたのが2011年。それから全国の市町村がゆるキャラブームにのっかって観光客を誘致しようと必死なアピール合戦が始まって6年…2017年2月現在からゆるキャラで売り込もうなんてもう出遅れ過ぎています。

そうですね、リアルな僕の試算では仮に500個マスコットを作ったとしても400個の在庫の山がこの部屋で埃をかぶるのは目に見えてます。あっはっはっは、400×385円で15万4000の返品の山っ!儲かるどころか大損ですがな」


テーブルごしに正面からパンチを喰らわせるような敦の毒舌に、商工会長の顔からどんどん血の気が引いていく。


このおっさんの顔、何かに似ていると思ったら貪欲に獲物を喰らうカマキリそっくりじゃないか。


と「架空の」観光客が地元に金を落とす方法を考え抜いた商工会長の虚しい努力に一応「奥さんは手芸がお上手ですね」敬意を表し、しかし、と眼鏡を外して切れ込んだ二重瞼の眼で相手を見据えてから


「商売ってのは思い付きのアイデアで一発当てるくじ引き遊びじゃないんだよ。それにあんたはん、ようも無念の死を遂げた早良親王はんを怨霊マスコットにして売りもんにしようだなんて、それこそ罰当たりや。

あんた、どこまで業腹ですのん?」

と敦は眼鏡のつるを噛んで怒りを露わにして言い放った。


ぐうの音も出ない商工会長に向かって敦はフォローするようににかっと笑って


「大体、千回近くも祇園御霊会(祇園祭り)で鎮められている早良はんが、未だに怨霊な訳ないじゃないですか。でも人形は可愛いので会長の言い値で買わせていただきます」と蹴鞠をするさわらくんのフェルト人形を取って自分の財布からきっかり450円を出し、テーブルの上に置いて「さて、市に企画を出す前に僕に相談してよかったですねー」と鞄を持って出て行こうとする敦に商工会長が食い下がるように「も、もしそれでも事を進めようとしたら?」と尋ねると、


営業スマイルで敦は答えた。

「もちろん、全力で潰すに決まってるじゃないですか」



その日の夕方近く、皆藤双葉はコンビニスイーツ4つ買いして忘れずにPontaカードを出してポイントを貯めた。

「双葉ちゃん、何ぞ嫌なことでもあったん?」とオーナーの奥さんが声をひそめて聞いてくる。

双葉がスイーツ四つ買いする時は、


チョームカつくことがあった時だ。と双葉の就職漂流期から見守ってきた奥さんは心得ていた。

「聞いてくださいよ!って言いたい所ですけど…今はお客さん並んでいるんで、後でLINEしていいですか?」

おっけー、と奥さんは片手で輪っかを作ってから「1280円でーす」と営業スマイルでレシートを渡してくれた。


さて、双葉が翌日の夜7時にコンビニオーナーの奥さん、信子さんと待ち合わせたカラオケボックスの一室に入ると…


座席には信子さんの他に、今年小学校に入学する女の子を持つ28才の子育てママさんの郁美さんと、中学校の養護教諭で33才独身の和泉いずみ先生と、子育てを終えた48才専業主婦の加寿子さんが歌いたい曲を次々に予約する手を止めて「おっ、双葉ちゃーん」とソフトドリンクのグラスを掲げて双葉を迎えた。


なんで?と双葉は思った。


なんで、先週の休日の「富子先生のお食事会」に呼ばれたメンバー全員がこの部屋に揃ってるんだろう?


「とにかく、あの富子がいけ好かんのや!」とB`zの曲を「うるとらうるとらうるとらそうるっ!」とシャウトしてから和泉先生はマイクのスイッチを切り思いの丈をぶちまけた。

「そうやそうや、料亭の仕出し弁当は美味しかったけど、結局富子の茶道具自慢とお着物自慢延々と聞かされただけや!」と郁美さんがフライドポテトをコーラで流し込みながら毒づく。


「ほんっま…東村富子の金持ち自慢はここ長岡京市の三大がっかり名物や」と生ビールを煽ってぷ、はーっ…!と吐息を付いた加寿子さんがきっぱりと言い切って立ち上がり、自分が予約した曲のイントロが聞こえてからマイクを持って立ち上ががった。


ちゃんちゃらーん、ちゃららーんらんらーん♪すっちゃちゃー、すっちゃちゃー、ちゃーらーん…


「よっ、さゆりちゃーん」

「それでは紅白の大トリ、玉村加寿子京都府右京区出身の『天城越え』でございます」とコンビニのレジで食事会メンバーから同じ愚痴を聞かされて「ここでなら思いっきり吐き出してストレス発散できる」とカラオケボックスに呼んだ信子さんが、もう一本のマイクで司会者みたく曲紹介をした。


「隠しきれないぃ、恨みぃつらみぃ」と加寿子さんは富子先生への嫌悪を替え歌にして「天城越え」を歌いだした。


なんてことだ。あの食事会でひとつひとつ食器を紹介されては「これもこれも、いいものだから。私が持ってるもの、みーんないいもの」と言う富子先生の自慢話に、双葉を含め全員うんざりしていたのだ。


「まーったく、やれブログだFacebookだ、SNSだ、で自分の持ち物を見せびらかすバカセレブども、富を見せびらかして身近な者の憎悪を買うってこと解ってへんのかねえ…保護者会の母親にもそんなんおるわ。は!けったくそ悪い」

と酎ハイでほろ酔いになった和泉先生がこんな毒舌を吐く人だと双葉は初めて知ったのだった。


「あああまぎいいいいぃっ、ごーおおえーっ」

と長唄で鍛えた加寿子さんの見事なうなりが室内に鳴り響く。

ちゃんちゃらーん、ちゃららーんらんらーん♪すっちゃちゃー、すっちゃちゃー、ちゃーらーん…



この女だけのぶちまけの宴は翌日の事もあるので夜の10時まで続いた。


後日、彼女たちはこの夜の事を重く、暗い気持ちで思い出すことになる…






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