第2話 あの萬札野郎め!
面接の帰り、自宅アパート最寄りのコンビニで双葉はコンビニスイーツを3つ買った。
「がっつり食いたいんで、おっきめのスプーン下さい!」
は、はい!と双葉の迫力に半ばのけぞりに答えたオーナーの奥さんは、
あらー、今回の面接で嫌な思いしたのかね。と常連客の双葉がコンビニスイーツ3つ買いをするのはめっちゃキレてる時、と心得ていて「Pontaカードのポイント380円分貯まっているけど使います?」
と「ポイント値引き」という双葉が一番機嫌よくなる魔法の言葉をかけた。
途端に双葉はにっこり笑って
「はいぃ~」全ポイント使い切って、200円を支払ってそのまま1DKアパートに帰り、黒スーツという就活女子の戦闘服とストッキングを脱ぎ捨てて自室のソファベッドに寝転んだ。
禍福はあざなえる縄の如し。
年明けて最初の面接で最悪に嫌な思いをした後で380円分の得をしただけで、半分は元が取れたような気になる人の心というのは不思議だ。
双葉はモンブランと生クリームいちご大福とプリンを大き目のプラスチックスプーンで思いっきり頬張ってドリップコーヒーで流し込んだ後、先ほど摂取した糖質たちが体中にいきわたるのを感じて、少しだけ幸福になった。
「君が諭吉を嫌いな理由を教えていただけないか?」
と聞いてきた顔はまあまあだがクソ性格悪そうなあの税理士、九条敦!
美味しい紅茶で怒りのボルテージが下がった双葉は、中学三年の時に読んだあまりにもムカついたので丸暗記している福沢諭吉の「学問ノススメ」の序文後半を諳んじた。
「又世の中にむづかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。其むづかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分輕き人と云ふ。
都(すべ)て心を用ひ心配する仕事はむづかしくして、手足を用る力役はやすし。
故に醫者、學者、政府の役人、又は大なる商賣をする町人、夥多(あまた)の奉公人を召使ふ大百姓などは、身分重くして貴き者と云ふべし。
身分重くして貴ければ自から其家も富で、下々の者より見れば及ぶべからざるやうなれども、其本を尋れば唯其人に學問の力あるとなきとに由て其相違も出來たるのみにて、天より定たる約束にあらず。
諺に云く、天は富貴を人に與へずしてこれを其人の働に與るものなりと。されば前にも云へる通り、人は生れながらにして貴賤貧富の別なし。
唯學問を勤て物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無學なる者は貧人となり下人となるなり。
要約するとですね…難しい仕事してる頭使ってるだけの高学歴エリートはたっかい給料貰って当たり前だけど、体を使うだけの肉体労働者は安い給料でこき使われて当然だ、って言ってるんです!この萬札野郎は!
根っからの選良至上主義者じゃないですか」
「なぜ、選良至上主義が悪いのかな?」
「エリート至上主義は、自分さえよければという排他主義。能力が無いから君は社畜でいいんだ、という選民主義を産みます。
頭を使う仕事の人間も、間違うことはあるんですよ。ああまったく、こんな人物をブラボーした明治の人達って、本当に馬鹿ですよね。
さらに一万円札にまでした当時の政府のお偉方もバカじゃねえか!?って思います。こんな奴を日本銀行券の顔にしたから終わらない不景気に突入したんじゃないですか?聖徳太子に戻しとけよ、って感じです」
「君は馬鹿ではないね」と双葉のまくしたてが終わるのを待って敦がいたく感じ入ったという様子でこくりとうなずいた。
「君の言った事はまさに資本主義から生まれる格差問題の本質を衝いている。明治の昔からエリートの本質は変わっていないんだ。だが」
とそこで言葉を切って
「君の意見に少し突っ込ませていただくと、諭吉の論に疑問を持つという智恵を持った人材が、明治初期には極めて少なかったんだな。いいかい?
頭のいい人の言う事に疑問を持って反論できるようになるには、やはり学ぶことが必要なんだよ。
僕の持論をプラスすると学問と実践と、反省。その3つを積むことが人生をよりよくする…あ、長く居させてしまったね。もう帰っていいよ」
これで面接終了の合図。紅茶を全部飲み終えたところで双葉はぺこりと頭を下げ、九条税理士事務所を辞した。
あんな言いたい放題の大人は初めてだ。たぶん感情に走ったことで面接自体の結果は絶望的だが、
親ともしたことが無い本音の会話が出来た…
とまだ午後3時だというのにパジャマ着替えた双葉は、寒いなと思ってハーフケットを胸に掛けこたつに足を突っ込んだまま、眠ってしまった。
一月初め、外は羽毛のような雪が降っている。
アパートの双葉のポストにことん、と採用通知の茶封筒が入ったのは、翌日の夕方であった。
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