有限会社自転車操業

白浜維詠

第1話 諭吉って好きですか?

就活浪人1年目の双葉が面接前に必ずする事は、面接先の近くにある神社にお参りしてどうか、採用されますように!とぱんぱん、と柏手を打って賽銭箱に5円玉を投げ込むゲン担ぎ。


有名無名株式有限64社に振られた双葉は、5かける64でもう神様に320円お賽銭渡しているけど…お願いなんて叶わないのに。と薄く片頬で笑いながらすり減りかけたパンプスを履いた脚で小走りで赤い鳥居をくぐり抜ける。


面接先は、稲荷社の参道沿いの甘酒屋の隣にある築何十年か分からないつつましい薄茶色の壁で塗られた五階建てのビルの二階にある「九条税理士事務所」。


一階には六十代半ばぐらいの痩せたおじいちゃんが半纏にの下にフリースを着込んでパイプ椅子に厚手の座布団を敷いてぼんやり客を待っている、昔ながらの自転車屋。

双葉はその店の看板の文字を読んで、思わず吹き出しそうになった。


有限会社自転車操業、って自転車屋がそんな店名つけるのか!?

つけていいのか?


自転車屋の横にある階段を上りきった時は約束時間の五分前。よし!


双葉は「やる気ありますグレーな企業でも働きます」アピールのきりっとした表情を作ってこんこん。と規則正しく事務所のドアをノックした。


「嫌いな女に何か不幸でも起こったかってぐらい口元がニヤケているね。さては一階の看板見てきたでしょ?」


事務所の所長で税理士の九条敦くじょうあつしは、まだ30歳を過ぎたくらいの若い男だった。体格は中肉中背。顔立ちは切れ込んだ二重瞼の眼を黒縁眼鏡で隠した結構端正な方なのだが、何せ口が悪く、態度が馴れ馴れしく、とても雇用者の面接とは思えない。


「失礼します」と事務所に入るなり、敦は事務所の自分の机の背後にある年代物の水屋箪笥(何でそんなものが事務所にある?)から何個かお茶の缶を出し、


「コーヒー紅茶ウーロン茶、どれ飲む?」

とかなり真剣な顔つきで聞いてきたのだ。


あちゃー、ここも「はずれ」かなぁー。帰りにコンビニスイーツでも買うかー。


合否はともかく、いざこの人の下で働くとなると面倒くさそうだ。

「こ、紅茶で!」

とりあえず今の気分で双葉は答えた。


「ExcelもWordも簿記もちゃんと資格持ってるね。感心感心」

と敦はティーカップから立ち上る湯気で眼鏡を曇らせながら双葉の履歴書を隅々まで見て言った。

「はあ…商業高校時代に大抵の資格は取ってます」

思えば資格試験の勉強漬けの、干からびた高校生活だったなあ…


「企業から見れば即戦力アピールしているのは分かるが、きみ、何十個も落ちてきたんだろ?」

「…まあいくつかは」

何だコイツ?


「隠さなくていい。今の就活生は百以上も落ちてるのはザラだ。君が何で受かんないか知りたくないか?第一印象真面目すぎて内部に入れたら後で不満をたれるタイプに見えたからだ。あと一重まぶたの子って情念深そうなんだよね」


「一重の何が悪いんですか!?」

幼い頃から気にしている自分の顔の特徴を情念深そう、と揶揄されてさっきからみぞおちのあたりからせり上げてくる不快さが、爆発して双葉は椅子を倒す勢いで立ち上がった。


「確かに小さい頃から可愛くない、って母親からも言われて小学五年生の頃にアイプチ付けて目を腫らしましたよ!そんなに二重礼賛かよ!?

雇用主のおっさんなんて人を見た目だけで判断する短絡思考のアホばっか!生まれ持った顔で何が悪いんですか?ピアスの穴明けないのが変ですか?


はっ、つけまつ毛とかやりたい女子がやりゃいーのよ。

あなたも見た目は若そうだけどヤらせてくれそうな女の子ばかり優先して採用するおっさんの一人ですかってーんだ」


今までの就活生活の不満をぶちまけて肩で息を付いている双葉を、メガネ野郎はにやにやしながら眺めている。

面接は65回目だが…こんなに失礼な男は初めてだ。


「帰らせていただきますっ!」とバッグを持った双葉を敦が止めた。

「帰るのはせっかく淹れた紅茶を飲んでからにしたら?もったいないでしょ」

確かにそうだ。双葉は立ったまま冷めた紅茶を飲んで思わず「美味しい」と呟いた。

「そうでしょ?この面接の合否はともかく、ひとつ質問したい。福沢諭吉は好きですか?」


「嫌いです」

ティーカップを丁寧にソーサーの上に戻して双葉は答えた。

ほう、と敦は口元ににっこりと笑いを浮かべた。

「是非とも理由を聞きたい」


その笑いを、悪魔的だと双葉は思った。




















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