第14話 独裁は音も立てずにやってくる
「歩け!」
男は、全身毛布のような布でつつまれた僕たちに命令をした。うう、うまく歩けない。ヨチヨチと歩いた。
「止まれ」
僕たちは、言うとおりにした。すると、外から手が伸びてきてガサガサとポケットをさぐられた。
「IDカード、スマホ確保!」一人の男が叫んだ。
ああ、これからどうなっていくのだろう…。このまま銃で殺されたりとか、海に投げられたりとかするのではないだろうか。僕の足はガタガタと震え始めた。
「おとなしくしていれば、手荒なマネはしない」
敵の一人がそう言うと、ひょいと持ち上げられた。
ーわわわわ、今度は一体なんなんだっ!
ドサっ。
「キャッ」としずくさんが軽く叫んだ。
僕たちは、何か椅子に座らされている。ただ、何も外の様子がわからない。
ドゥーン。下のほうから一瞬、軽く振動がした。しばらく何かわからなかったが、次第にわかってきた。
ー車だ。僕は車に乗っている。
21世紀の車と違って、音がほとんどない。プリウスをさらに無音にしたような感じだ。明らかに、ガソリンで動いている感じではない。
「IDカード、スマホを電磁波除去ボックスに入れろ」
「わかりました」
運転席と助手席の男たちが何やら話をしている。
「えー、ターゲットの2人を確保。これからそちらに向かいます」男のうちの一人が電話をかけているようだった。
ああ、僕たちはもう存在しない者として殺されるのではないだろうか。
そのとき、何かが布の中にぬっと入ってきた。生暖かい。
…それは、しずくさんの手だった。彼女の手も震えている。
僕は強く握った。女性の手を握るのは初めてだ。これは最初で最後の神様からのご褒美なのかもしれない。
どれぐらいの時間が経ったのだろうか。外の様子はわからないが、すっかり日が暮れていることだけは分かった。
車は止まった。そしてドアがガチャっと開いた音がした。
そのとき、意外なことが起こった。
男たちは紐をほどき、僕たちから布をバッとはぎとったのだ。
一人の男が言った。
「手荒なマネをしてすまなかった。こうしないと監視カメラが君たちを記録してしまうから」
「え、どういうことですか」
僕は、あたりを見渡した。暗くてよくわからないが、どうやら住宅街の中の一軒家の敷地内にいるようだ。
「あ、ここは…」しずくさんがかなり驚いた顔をしている。
「そうです、小川さんの家です。どうぞお入りください」
「剛志!」
「剛志さんって、婚約者の?」
しずくさんは、両手を口にあてながら、うなずいた。
僕たちは、二人の男たちと共に、その家に入った。
玄関には、一人の男性が立っていた。
「美由紀!」男性が、しずくさんをそう言って抱きしめた。
「剛志、会いたかった!」美由紀さんの背中しか見えないが、涙声だ。
婚約者と再会出来てよかった…でも、僕の心は少し複雑だった。さっきまで手をつないでいたしずくさんが、別の名前で呼ばれて男性に抱きしめられるなんて…。
「どうぞあがってください」僕たちは、ふかふかの白いスリッパを履き、大きな扉の方へと向かった。そこは、20畳はありそうなリビングだった。
「手荒なマネをしてすみませんでした。どうぞお座りください」剛志さんはそういった。
身長180センチ以上あり、俳優でも出来そうなほどの端正な顔立ちだ。それでいて、総理候補の第一秘書なんだもんな…。ああ、僕なんかヤキモチを焼く資格なんてないぞ。
僕たちは、真っ黒な革張りのソファーに腰をかけた。
そして、剛志さんは冷静な口調で僕たちに話しかけた。
「かなりまずいことに、なった。君たちの行動が全部筒抜けになっている」
「えっ」しずくさんは、真っ青な顔で剛志さんを見つめている。
「どうして? IDカードも、スマホも気をつけたし、それに変装も…」
剛志さんは首を横に振った。
「監視カメラだよ」
「え、でも監視カメラについては、令状が必要じゃ…」
「もう、政府は監視カメラを全てハッキングしているんだ」
「それって、盗撮…」
「そうだ。国民が気がつかなければ何をやってもいい。それが今の政府なんだ」
剛志さんは、ため息をついた。
「いま、濱田先生になんとかしてもらえないか交渉をしているんだ。結果がわかるまで君たちのIDカードとスマホは、電磁波除去ボックスの中にしばらく保管させてもらう。こうしないと、君たちの居所が政府にバレてしまうから。毛布も悪かった。監視カメラの透過システムを妨害するためだったから」
ーなるほど、そうだったのか。全て僕たち、いやしずくさんを守るために、剛志さんが…。イケメンな上に、なんて深い愛情なのだろう。
黒いスーツの男が、ボックスをテーブルの上に置いた。
「もし、どうにもならないということになったら…どうなるの?」
「君たちを拘束して、政府に引き渡すしか道がなくなる」
「そ、そんな…」
ーああ、僕も変だと思ったんだ。書いたものは傍受されてしまうのに、監視カメラが大丈夫だなんて。
ノコノコと街に出てきてしまったことを後悔した。
その時、ブーンと大きな音が鳴った。
「もしもし」剛志さんが電話に出た。
「ああ、先生…はい、そうですか、はい、はい…」
安堵の様子を浮かべている。
ーああ、僕たちはこれで助かったのかもしれない。その時だった。
「え」剛志さんの表情が一変した。硬い表情になっている。
「…わかりました。問題ありません」さっきまでと打って変わり、お腹から声が出ていない。肩を落とし、電話を切った。
「美由紀…」剛志さんが話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます