第645話史の禅を邪魔する由紀

さて、由紀は少し気になっていることがある。

それは、史の部屋から、何も物音が聞こえてこないこと。


「アホの史、寝ているのかな」

「まだ夜の8時だよ、子供は寝る時間だけど」

「史は、子供?」

「うん、そうだけどさ」

「でも、何しているんだろう」


そこまで思って、子供時代の史を思いだした。


「そういえば、三歳ぐらいの時に、居眠りした史の顔に落書きしたことがあった」

「あれは・・・京都の大旦那のお屋敷だったかなあ」

「加奈子ちゃんと共謀した」

「落書き作戦を言ったら、加奈子ちゃん、目がパッと輝いてさ」

「うん!やろう!ってなって」


「史の白い頬を、真っ赤に塗って」

「マブタを紫にした」

「史はアホだから、そんなことされても気づかない、マジでアホ」

「加奈子ちゃんも、面白がってさ」

「口紅塗っちゃえって、なった時に、アホの史が目を覚ました」


「でも、起きてもキョトンとしているだけ、何も気がつかないの」

「加奈子ちゃんが、そのまま史の手を引いて、一緒にお屋敷の庭を散歩」

「華蓮ちゃんが、そんな私たちの姿を見つけて寄ってきて」

「そして史の顔を見て、大笑い」

「かーーわいい!って、加奈子ちゃんから史を略奪した」


「史は、ますますキョトン」

「華蓮ちゃん、どうしたの?って聞いて」

「華蓮ちゃんは手鏡を史に」


「そこで、史がようやく気がついた」

「そして、えーーーー?何、これ?って大泣き」

「誰?こんなことしたの?って大泣き」


「そしたら華蓮ちゃんが暴露した、由紀姉さんと加奈子ちゃんって」

「史は、また泣き出した」

「由紀姉ちゃんも加奈子ちゃんも大っ嫌い!いじめてばかり!」

「・・・で、華蓮ちゃんに顔を拭いてもらって、ずーっと華蓮ちゃんとベタベタしてた」

「あーーー可愛かったなあ・・・あの頃は・・・」

「いまだに華蓮ちゃんに、なついているのが気に入らないけど」


さて、そんな「昔のイタズラ」を思い出していた由紀は、やはり史にイタズラをしたくなった。

「ふふ・・・そっと部屋のドアを開けて・・・」

「寝ているだろうから、お化粧をしてあげよう」

「いつもツンとすましていて、私の不備を指摘するから、仕返ししないといけない」

そこまで思って、自分の化粧道具を少し持ち、史の部屋のドアを、「そっと」開ける。


しかし、史は眠っていなかった。

椅子に座って、姿勢を真っ直ぐに目を閉じている。

そっと入って来た由紀にも気がつかないのか、反応がない。


由紀は思った。

「何?史のアホ」

「固まっている?」

「なんか・・・近寄りがたい・・・」

「声・・・かけづらい・・・」


由紀は、「とてもイタズラはできない」と思った。

そっと、史の部屋を出ることにしたけれど、それだけでは面白くない。

母美智子に、「これは、ご注進するべき」と思った。

そして、史の部屋のドアを「そっと」締めるまではよかった。


由紀は、バタバタ、ドタバタと階段を降りていく。


史が「ぽつり」

「何?姉貴、そっと入ってきて、そっと出ていくの?」

「どうして、階段を降りる時に、あんな大きな音を立てるの?」

「うるさいって指摘をしたのに、何も身についていない」

と、思っていると、由紀の一階での大声が二階の史の部屋にまで聞こえてきた。


由紀

「ねえ!母さん!」

「史が、置石になっちゃった!」

「面白いから見てごらん!」


史は、呆れた。

そして、思った。

「姉貴がいるかぎり、この家で座禅とか瞑想は無理」

史は、深いため息をついている。





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