第628話アイリッシュ・ミスト

午後9時、マスターと清は向い合せで話をしている。

マスター

「どうだい、清さん、懐石料理店の進展は?」

「豊洲に移転してしまって、少々勝手が」

マスター

「ああ、それは仕方がないかなあ、慣れるまで」

「時間が解決するとは思います」

マスター

「魚はともかく、野菜と米は近所の農家と契約したって?」

「はい、マスターの助言通りに、味も濃いですし、何より新鮮です」

「何も豊洲まで行く必要もなく」

「それから牛乳と乳製品も」

マスター

「内装とか、飾るものは京都から?」

「ある程度は使います、ただ、シンプルにしたいと」

マスター

「そうだね、料理の店だから、引き立てないとね」

「銀座のアホ経営者じゃないんだから」

「本当にルクレツィアさんには、お世話になりましたね」

マスター

「本当に由紀ちゃんと史君の災難を救ってもらって、おまけにダメな懐石料理店の始末ができた」

「ルクレツィアさんは、開店当日に招待いたします」

マスター

「ああ、それがいい、当然だよな」

マスターはそこまで話して、一杯のグラスを清の前に。

清に少し真面目な顔が一瞬にして柔らかくなった。

「これ・・・好きなんです」

と一口。


マスターもにっこり。

「そうだね、アイリッシュミスト」

「蜂蜜とアイリッシュウィスキーのブレンド、心が和らぐ美味しさ」


清はもう一口。

「ドライジンとベルモットで、あのカクテルミスティができますし」

「珈琲とクリームの組み合わせも、なかなか」


マスター

「今度ね、それも正式メニューにしようかと」


「それはいいですねえ、できれば大人の歌手とかピアノとか」


マスター

「そうだねえ、苦み走った・・・ちょっと史君では若過ぎる」

「そういう演奏家を探そうかなあ」


「いいですね、一日の終わりに、しっとりジャズとこういうお酒」


マスターと清の、酒はゆっくりと進む。

それが気になったらしい。

美幸が、そっとマスターに

「あの・・・若いとわからないのでしょうか?」


マスターは苦笑い。

「ああ、美幸ちゃんならいいかなあ」


美幸

「いつか、ウィスキーをテーマにした飲み方講習会とかは?」

「もちろん、それに合う美味しい料理を添えて」


「それなら、日本酒、ワイン・・・ビールもできるかなあ」


マスターは、ニヤッと笑う。

「大旦那には内緒にしておこう」

「少し酔うと、演説を始める時がある」


清は、ククッと笑っている。

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