第624話懐石料理店と支配人の始末(3)

大旦那の対応は、重大な結果を、その懐石料理店と支配人にもたらすことになった。


まず、賃貸入居しているビルのオーナーから、「猛抗議」を受けた。

「大恩あるお方直系の若者への無礼極まる対応」と「国際的な問題になりかねない人種差別的発言と対応」と、その物的証拠が確実にあること。

やり手を自任してきた若手実業家の支配人は、全く反論ができない。


次に、調理師協会の重鎮からも、厳しい連絡。

今後は、調理師の紹介には応じないことと、一切関係を断つこと。

仕入れ業者たちにも情報が、何等かの形で伝わったのだろうか、一切の仕入れを拒否してきた。

こうなると、店を維持するには、その懐石料理店自ら、市場等に出向き仕入れを行わなければならない。


また、それを料理長に伝えたところ、支配人の意向に反発をする。

「とてもとても、今まで値切りに値切って来たので、市場などに直接出向いたら、どんな対応されるかわかりませんよ」

「まず、今使っている素材でも、3割増しになりますよ、それでも大丈夫なんですか?」

「できれば、支配人自ら出向いたほうが、値段ではかろうじて、2割程度上がるだけでは?」

つまり、料理長は、市場で「イジメられるので」、自らは行きたくない様子。


しかし、短慮なのだろうか、支配人は、そこでキレてしまった。

「お前!クビだ!」

「市場に出向かない料理人があるか!」

つい、怒鳴ってしまった。

そうすれば、せめて自らが市場に出向かなくていいと思ったのである。


「そうですか・・・それでは・・・」

途端に、料理長は調理服を脱ぎ始めた。

つまり、支配人の「クビ」発言に対応、この店を去る意思表示になる。


今度は、支配人は、焦った。

この若い料理長は、質を落とした素材の中で、何とか食べられる程度の懐石料理を作る技術があった。

本当に、この料理長が去れば、アルバイト程度の見習い料理人しか残らない。

また、調理師協会に連絡して、新しい料理人を斡旋してもらうにも、関係は閉ざされてしまった。


支配人は、また怒鳴ってしまった。

「おい!料理長、ほんとに出ていくのか!」

怒鳴れば、残ると思っていたようだ。


しかし、料理長は冷静に一言。

「若手実業家とか、やり手支配人とか、私にはどうでもかまいません」

「ただ、もう、あなたの下では働きたくない、懐石料理を侮辱している」

「あとは、ご自由に」


料理長は辞めて出ていってしまった。

茫然となった支配人に、取引銀行から連絡があった。

「先日、ご相談いただいた次のご融資については、審査の結果として、残念ながら当行では対応を致しかねるとの結論に至りました」


床に崩れ落ちた支配人に、仲居が血相を変えて報告に来た。

「支配人!今、国税の方が!」

「帳簿を全て見せろと・・・」

「仕入れ業者にも、入ったようですが・・・」


やり手若手実業家にして、京都風懐石料理店の支配人は、ヨロヨロと立ち上がった。

そして、そのランランと輝いていた目には、何の光もない。

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