第570話史と美智子

史が家に帰ると、由紀はいなかった。

史が、母美智子に

「姉貴からすぐに帰ってこいって言われた」

と告げると、母美智子

「ああ、由紀は買い物に行かせたよ、新鮮な牛乳と卵を産直市にね」

と、素っ気ない感じ。

史は、それで由紀の怒りが察知できた。

「結局、重たい物を持ちたくないんだ、荷物持ちをさせたかったんだ」


今度は美智子が聞いてきた。

「開講記念の挨拶文はできたの?」

史は、スンナリ答える。

「うん、もう出来ている、後は大旦那にメールして、OKが出たら華蓮ちゃんに送るよ」

自信もある様子、その答えと顔を見て、美智子はホッとした様子。


美智子は、まだ話があるようだ。

「あのさ、マスターとか洋子さんたちが心配していたけれど」

「由紀と何かあったの?」


史は、今度は困った顔。

「うーん・・・とにかくうるさい、やることなすこと、全部反対してくる」


美智子も、困った顔になった。

「由紀もねえ・・・欠点が多いから叱るんだけど、その腹いせが史に向かうのかなあ・・・さっきも掃除をしないから叱ったんだけど」


史は、ヘキエキした顔。

「姉貴のほったらかしにしている家事も見ていられないから、やっちゃうんだけど、それも気に入らないみたいで、怒ってくる」

「姉貴は大雑把で自分勝手すぎ」


美智子は、そんな史を見て、苦しそうな顔。

「父さんとも相談してあるけどさ、音大生になったら、一度外に出たらどう?」


史は、意外な言葉と、母の苦しそうな顔に驚いた。

「え?マジ?そんな話が進んでいたの?」


美智子は、頷いた。

「音大生の場合は、たくさんのコンサートを聞きに行くでしょ?」

「コンサートはたいていが夜で山手線の内側」

「史がステージに立つのも夜が多い」

「そうなると、都心に近い場所に住んだほうがいいかなあと」


史は、少し引いた。

「さっき、カフェ・ルミエールで口に出していたことが聞かれちゃった」

「でも、過剰反応だよ」


美智子は、今度は首を横に振る。

「それは私たちだって寂しいけれどさ、男の子は独立する時期も必要」


美智子は、少し間をおいた。

「それでね」


史「うん」

とにかく美智子の次の言葉を待つ。


美智子は、今度は少し笑った。

「大旦那のお屋敷の使っていない離れに」


史は、目を丸くしている。









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