第560話マスターの仕事論

サラリーマン二人は、営業部の部長と総務部の部下、若手社員という立場の違いはあるものの、マスターの料理を食べて、何かひらめくものがあったらしい。

帰る時には、二人とも笑顔で頭を下げていた。


それを見送った美幸

「なかなか、難しいことですね」

「営業成績も大切ですし、またそこで働く人の心身の健康管理も欠かせない」

「当たり前のことだけど、なかなか・・・」


マスターは、フッと笑う。

「なかなか簡単には解決しないさ」

「それぞれの立場があるってことを、遠回しに言っただけさ」

そして、少し考えて

「俺だって、ホテルの時は部下がいたし・・・」

「厳しいことを言うこともあった」

「新しい味の開発で、寝食を忘れて仕事した時もある」

「そういう時は、時間なんて気にしていられないしさ」

「どうしても、この味を作りたいってなるとね」


美幸

「納得ができる料理ですよね」

「高みを求めれば求めるほど、困難」


マスター

「機械じゃないからさ、人の舌とか心満足させるもの、自動的にはできない」

「というか何時間やったから、何品新メニューができるってことじゃない」

「かといって、長時間労働を肯定するものじゃない」

マスターの顔が、そこで引き締まった。


美幸は、マスターの顔をじっと見る。


マスターは、話を続ける。

「まずは身体と心の健康がないと、それが顔に出る」

「作り笑いは、簡単にわかるだろ?」

「特に営業系の作り笑いは、禁物」

「料理もそうかな」

「焦って作ったものは、どこか落ちる」

「難しいけれど、心身の健康管理も仕事の一環」

「一時的に、それが崩れていても実績を出すことがあっても、長期的には困難」

「心身の不調から、仕事の出来不出来、ムラが発生しがちになる」

「仕事を頼む立場になれば、ムラがある人よりは、安定した人に頼むだろう」


美幸がフンフンと聞いていると、マスターはキッチンに入り、何かカップに入ったものを美幸に持ってきた。


マスター

「はい、これ・・・」


美幸も、それを見て、すぐにニッコリ。

「はい、疲れを癒すホッコリ甘酒ですね」


マスターは、水をゴクリ。

「珍しくしゃべり過ぎた」

頭をかいている。




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