第498話由紀と清さん(8)
マスターも、史の言ったことには気がついていた。
「お屋敷の水は、ここと甘味が違う、あくまでも関東の水」
「それに、三つ葉も、築地に出ていた関東産」
「それならば、味が全然違ってくる」
大旦那は腕を組んだ。
難しい顔になっている。
「あくまでも京都の屋敷の味をと思っていたけれど、そのままでは通用しない」
「やはり、関東だし、ここの水と産物に合わせた中で、考えないと」
洋子も難しい顔。
「特に繊細な旨みが要求される和食ならではの問題ですね」
奈津美は、困った顔。
「清さんも、洋子さんも、完璧すぎる仕事だったのに、水と、そもそもの素材ですか、清さんも、朝早くから築地でいいものを仕入れてきたのに」
清は、少々ガッカリ顔。
「自分でも、今口に入れてみたんですが、かなり違いますね」
肩を落としている。
由紀は、そんな清がかなり不安。
「大丈夫だよ、清さん、かなり美味しいって」
「少なくとも、こっちで食べる海老しんじょとは、天と地の違いがあるし」
そう言って、必死に清をかばう。
そして、黙って何かを考え込んでいるだけの史が気に入らない。
気に入らないついでに、脇をつついたりもする。
史は、そんな由紀にうるさそうな顔。
少し身体をずらしたりする。
それでも、史がようやく口を開いた。
「ところでさ、清さん」
清が、史を見る。
まるで、何を言うのか予想できない様子。
史は、静かな口調。
「ここで、京都のお屋敷の味を再現しようとしても、仕方がないと思う」
「そうなると、まがいものになると思うんです」
「ちょっと厳しい言い方だけど」
由紀は、ムッとして史をつつくけれど、大旦那、マスター、洋子、奈津美も頷いている。
史は、言葉を続けた。
「京都のお屋敷の味を再現するのではなくて、関東の水と関東の素材で、お屋敷の技術をベースにして、美味しい料理を作るべきというか」
「僕の立場で、偉そうなんですけれど」
清は、その史の言葉に、深く頷く。
「そうですね、さすが史お坊ちゃまです、私もお屋敷の味にこだわり過ぎました」
そして、史に頭を下げた。
「坊ちゃまにも、時々助言をお願いしたかったんです」
「ただ、お忙しそうなので、ためらってしまって」
史は、すまなそうな顔。
「ほんと、ごめんなさい、何か言い過ぎた気がします」
「しっかり手伝えるわけでもないのに、出すぎたことを言ってしまって」
由紀は、そんなことを言って顔を下に向けた史に、また腹が立った。
そして、我慢できなかった。
「史!そこまで言うんだったら、お手伝いしなさい!」
そこで、史が「え?」となった顔を見ることもなく、清に
「清さん!困った時は、姉の権限で史を連れてきます!」
「文句を言っても、首根っこ掴んでも連れてきます」
史は、ムッとした顔。
史以外は、全員が大笑いになっている。
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