第417話由紀の納得

由紀は、みんなから責められて顔をおおって泣いている。

「そんなこと言ったって、史はひ弱で無神経で」

「音大みたいな派手な世界にはいれば、どんなトラブルがあるか、わからない」

「それに、どうしていつも史ばかり、心配されるの?」

「私なんか、誰にも心配されないのに」

「今回のことだって、すごく心配して、何事もなくスンナリと進まなければならなかったのに」

「よりによって、竜が出てきて、土下座だことの、警察官だことの、大げさなことになってしまった」

「あーーー私がついていながら、こんなことになって・・・」

「史が音大なんて言い出すから、こうなったんだ・・・あのアホめ・・・」

由紀は、みんなから責められても、なかなか自分の考えを変えられない。

そして、助手席に座って下を向いたままの史に、腹が立っている。


マスターが史に声をかけた。

「史君、気を落とす必要はないよ」

「史君は、史君のしたいこと、信じる道をまっしぐらに進めばいい」

「少々の苦労は当たり前、でも、史君には乗り越える力がある」

「誰が何と言おうとね、まっすぐにね」


そのマスターの言葉で、史が顔を少しあげた。

加奈子が史に声をかけた。

「由紀ちゃんは、史君が心配なあまり、強いことを言うだけや」

「史君は、でも、そんな弱い子やない、大丈夫や」


愛華も史に

「うちもな、今日のことで、史君の音大を目指すことに決めた」

「といっても、合格するしないは別や」

「すっごく練習する、その覚悟ができた」

「うちは、史君から離れたくないし、ずっと見ていたい」


ずっと黙っていた史が口を開いた。

「姉貴、いろいろ心配させてごめん」

「これからも心配させるかもしれない」

「でも、誰が何を言おうと、僕は僕の信じる道を行くよ」

史は、言い切ってしまった。

その声も力強い。


由紀は、また涙があふれてきた。

一番先に、自分に語りかけてくれたのがうれしかった。

助手席に史が座っているのが、もどかしかった。

本当は、「史!」と抱きつきたかった。

そう思った時点で、理屈も文句もなかった。

史が実は頑固なことも、知り尽くしている。

姉の由紀としても、どうにもならないと思った。

そして、理屈ではなく、何より史の笑顔が見たかった。

由紀は、ようやく史に言葉を返した。

「わかった史、応援する」


史は、後ろを振り向いて、由紀の手を握った。


優しい笑顔になった史、あれほどひどいことを言ったのに、史は優しい笑顔を自分に見せている。

由紀は、また泣き出してしまった。

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