第361話京都での披露宴(4)マスターの料理の基本

マスターは、その表情を柔らかくして、話を続けた。

「私は、自分で言うのもおこがましいのですが、料理人としては成功したと思っています」

「確かに、まだまだ至らない部分もありますし、自分自身で納得していない部分もあります」

「それでも、最近は、いろいろと考えます」

マスターは、ここでコップの水を一口、含んだ。

そして美味しそうに飲み込んだ後、また話はじめた。


「いろんな料理を作るにしても、私は、ここの水で育ち」

「ここの京料理で育ってきました」

「西洋料理を作るにしても、ここの京料理の技をどこかで使っています」

「野菜の選び方、出汁の取り方、焼き物、煮物・・・全て、どこかで使っているのです」


マスターは、またここで唇をキュッと噛む。

「何故、使うのか、それを考えたのです」

「当然、そのほうが美味しくなるということ」

「それは当たり前なのですが、その基本を教えてくれたのは母、そして屋敷の料理人たちでした」

「その教えが、料理修行を始めた時点で、骨の髄までしみ込んでいた」

「・・・うまくまとめられませんが、ここで子供の頃から、味や料理を教えてもらわなかったら、私は凡庸な料理人のままでした」

「それに気づいた時、どれほど・・・自らの出奔の拙さを感じたことか」

「どれほど、皆様に恥ずかしく申し訳ないことをしたのか・・・」

マスターは、ここで声が出なくなった。

唇を噛んだままになっている。


それを見ていた美智子がポツリ。

「そうなの、マスターだけ、技術が全然違うの」

「料理のテキストには書いていない、細かい技を使う」

「おそらく京都の、このお屋敷の技とは思ったけれど、あれは真似が出来ない」

「全ての見極めが、別格」


マスターの話が始まって以来、涙にくれていた大旦那が立ち上がった。

そして、マスターの肩を抱く。

「ああ、いいんだ、佳宏、みんなわかっている」

「もう、終わったこと、済んだことだ」

「心配するな、みんなうれしいんだ」

「お前の成功を喜びはしても、責めるようなことはない」

「むしろ、誇りに思っているし、羨ましくも思っている」

「かっこいいなあとな」

「で・・・そろそろまとめろ・・・」


マスターは、大旦那の言葉にウンウンと頷くばかり。

そして、大旦那に背中をポンと叩かれ


「もう、これ以上の話はできません」

「皆様、ここに佳宏は戻ってきました」

「私たち一家の応援をよろしくお願いいたします」

深く頭を下げた。

涼子も、祥子を抱き、深く頭を下げた。


マスターの一家は、また、もの凄い拍手に包まれている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る