第317話クリスマスコンサート(5)

クリスマスコンサートの第一曲目バッハのピアノ・コンチェルトが終わった。

指揮者の榊原が史に目で合図、史はその顔を赤らめて立ち上がった。

そして、榊原と一緒に、聴衆に深くお辞儀をする。


すごい拍手が湧き上がった。

まず、内田先生が立ち上がって、拍手を史におくる。

すると、聴衆全員が立ち上がった。

そして拍手を続ける。

史の後ろの楽団員も全員立ち上がった。

史に拍手をおくっている。


史は、最初は顔を赤くして戸惑った顔。

しかし、聴衆や楽団員の想いを感じたようだ。

史は、誰にも見せたことのないような、花のような笑顔で、再び聴衆に頭を下げ、また楽団員に頭を下げた。


そして、また聴衆や楽団員全てから、嵐のような拍手に包まれたのである。


史は、拍手が鳴り止まないので、何度もステージと袖口を往復した。

そして、そのたびに、また嵐のような大きな拍手に包まれた。



「ふう・・・」

何度も往復しての拍手に応えた史は、休憩時間に落ち着くことができた。

舞台裏の椅子に座った史に、みんなが寄ってくる。

まず大旦那

「史君、素晴らしかった」

珍しく泣いてしまって言葉が続かない。

奥様も同様。

「史君・・・」

史の右手を握って離さない。

里奈も史の隣に立った。

「史君・・・」

「すごかった、お疲れ様」

里奈も史の左手をしっかり握った。

ここに来て、史はようやくホッとした顔。


由紀も史の前に立った。

「お疲れさん、史」

由紀は珍しくやさしい顔、でも涙の跡が少し見える。


史は由紀に

「姉貴、どうかしたの?泣いているの?」

「何かあったの?」

よくわからないようす。


由紀は、少し困った。

「うるさい!珍しくマトモな演奏するから、驚いただけ」

「アンコールもあるんだから、しっかり休んでおきなさい」

口調は、きついけれど、やはり涙声。

そこまで言って恥ずかしいのか、合唱団の中に戻っていった。


マスターは史の後ろに立った。

そして史の肩を揉んでいる。

「うん、ほぐそう」


しかし、史にはくすぐったいらしい。

笑い出してしまう。

「そして第九もあるから、声が漏れるとやばい」

と、遠慮する。



母美智子と父晃は、今度は由紀が心配らしい。

史に目で合図して、舞台裏を出ていった。

どうやら、ホールの立ち見席で第九を聴くらしい。


大旦那と奥様も、そうするようだ。

孫の加奈子を連れて、ホールの立ち見席に向かった。


史が、少し落ち着いていると、洋子たちが史と里奈の前に来た。

少し大きめのバスケットを持っている。

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