第128話史の音大見学(4)

「え・・・弾くんですか?」

史は、史らしく、ここでも尻込み、後退りしようとするけれど、高名な音楽家三人に囲まれてしまっては、それもできないようだ。

顔が真っ赤、身体をカチンコチンにしながら、ピアノの前の椅子に座った。


「モーツァルトか・・・」

内田先生がピアノの前に置いた楽譜はモーツァルトのピアノソナタ第一番。

「この曲、初見ですので」

一応、ミスの場合の言い訳も先に言ったりする。

しかし、そんな言い訳をしても、通用しない音楽家たちである。

史は、もはや弾くしかない、「いいや、失敗したら誘われないですむ、楽譜の通り、素直に弾こうっと・・・」そんな感じで弾き始めた。



「ふむ・・・なめらかで」榊原

「最初は緊張していたけれど、数小節で乗ってきたね、音が大きくなった、いいモーツァルトだ」岡村

内田は何も言葉を出さない。

目を閉じていたり、時々史の指を見たりする。

しかし、二楽章になって、その表情が変わった。

とにかくうれしそうな顔をしている。

史のピアノに合わせて、身体を揺らしたりもする。


「内田先生のこういう姿は・・・」岡村

「うん、史君の音楽に吸い込まれたか、取り込まれたか」榊原

「ああ、確かに、このモーツァルト・・・いいなあ」岡村

「キラキラしていて、それでいて繊細で、どこか力強さもあるなあ」榊原

ただ、岡村と榊原の言葉もそこまでだった。

「聞こう、これはいい演奏だ」岡村

「ああ、そうしよう」榊原


史の初見演奏は、高名な音楽家三人を取り込んでしまったようである。

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