第64話マカロン(3)

洋子は、話を続けた。

「カトリーヌ・ドゥ・メディシスのことは知っているかな?」

いきなり、そんなことを言われて、翔、奈津美はキョトンとした顔。

香奈は、少し考え込んだ。


「あらら、世界史の勉強を寝ていた人たちだね」

洋子はクスリと笑う。


「彼女はね、フィレンツェの超名家にして銀行家のメディチ家出身」

「1519年に、ロレンツォ・イル・マニフィコつまり大ロレンツォの孫のウルビーノ公と、フランス国王フランソワ一世の従妹マドレーヌの娘として生まれた」

「でも、その両親は、カトリーヌの誕生直後、相次いで亡くなる」

「その後は、枢機卿だった、これもメディチ家のジュリオ・デ・メディチの世話になり、フィレンツェで育った。ジュリオはやがて教皇クレメンス七世になるけれど」

「フィレンツェが包囲されている時は、尼僧院に幽閉されたこともあったけれど、それが終わって、ローマで教皇クレメンスの後ろ盾で宮廷暮らしをする」

「ローマ滞在中にはね、イタリア内外の王侯君主から次々に結婚の申し込み」

「フェラーラ公、マントヴァ公、リッチモンド公、スコットランド国王、フランス国王フランソワ一世の第二子の、アンリ・ドゥ・ヴァロワ」

まさに立石に水、あっけにとられるような洋子の、話が続く。


「そして、結局は教皇クレメンス七世とフランス国王フランソワ一世の話がまとまって、超高額の十万エキュの持参金を持って、フランス国王第二子のアンリ・ドゥ・ヴァロアに嫁ぐことになった」

「ローマやフィレンツェにとっては、フランスの軍事力をあてにして、フランスにとっては、メディチ家の金とローマ教皇の権威獲得という目的も一致した」


「カトリーヌは、まあ、美人とはいえなかったらしいんだけど、頭が良くて快活、最初は商人の娘とフランス宮廷人からは陰口を言われたようなの」

「それでも、生来の周囲の人を明るくする快活さとね、一番大事なことは」

洋子は、ようやくここで、間をおいた。


「当時のフランス食文化が、イタリアでもトップクラスの家に育ったカトリーヌにとっては、あまりにも下劣だった」

「調理法にしても、食事にしても手づかみで食べていたらしいしね」

「そこで、イタリア伝来の調理法を熱心に、イタリアから連れ込んだ料理人を使ってフランス宮廷に仕込んだの」

「だから、今はフランス料理は世界最高とか言っているけれど、その原点はイタリア料理、それもカトリーヌ・ドゥ・メディシスなの」


洋子の話をじっと聞いていた、奈津美がようやく口を開いた。

「そこで、マカロンなんですね」

「なかなか、あんな可愛らしいお菓子でも、深い歴史がある」


翔も驚いている。

「まさか、カフェ・ルミエールでこんな歴史講義とは・・・」


香奈は、いろいろと考えている。

「彼女は、その後も大変だったとか」

「いろいろ、宗教戦争に巻き込まれ」

「ヴァロワ朝の最後の后ですよね」


洋子は、そんな香奈を見て、驚いた顔になった。

「へえ・・・よく知っている」

「そうなると・・・」


洋子は翔の顔を見た。

「翔君、帰っていいよ」

「香奈ちゃんと、歴史談義でもするかな」


「え?マジ?」

翔は、すこぶる焦っている。

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