カ・ラ・カ・ラ

 お昼から、いったいどんなミーティングだったのか知らないけど、あなたはちょっと酔って帰ってきた。晩御飯はカレー。あまり考えることができなかったから。

 頭の奥の方でまだ音が鳴っている。ちょっと湿ったカラカラ。

「ねえ、なんのオマジナイ?」

そう聞きたかった。でも聞けなかった。

 食事を済ますと、ベッドの上に座ってあなたが言った。お皿を洗っている私に。

『明日、どうする?』

それはどっか行きたいかってこと?ああ、今日出かける前に言ってたね。明日どこ行くか考えてって。ごめん、考えてなかった。ずっと座って缶振ってたとも言えない。答えない私をちらって見たあなたは、お風呂に行った。

 ちゃんと考えなきゃ、どこ行きたいか。二人で何したいか。でも、カラカラって音が邪魔をする。カラカラって音が鞄の中のリムーバーを思い出させる。シャワーヘッドの髪の色を思い出させる。首を振って消した。楽しいこと考えよう。明日のこと。明日楽しいことをしよう。

 そうだ、眼鏡!忘れるとこだった。あわてて脱衣所に。

 スライドカーテンをそっと開けて、眼鏡を取ろうとしたときに気づいてしまった。見つけてしまった。洗面台の端っこの方に置かれたもの。今日はよく見なかったな洗面所。掃除もしてないから。朝からずっと缶を振ってたから。カラカラを聞いてたから。

 真っ赤なヘアクリップ。端っこの方に置いてあるけど、掃除してたら気づいてた。

 頭の中にカラカラが蘇る。だんだん大きな音になる。涙が出てきた。

 考える。

 赤いヘアクリップがそこにある理由を考える。でも、カラカラが邪魔をして何も出てこないよ。シェービングクリームの横には、小さな小瓶が収まるスペース。そのまま座り込んでしまった。右手に眼鏡を、左手に赤いヘアクリップを握りしめて。そのまま。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る