最終話
二人で店を閉めてから、サクラは墓地へ連れて行ってくれた。本物のさちが眠っている場所は、隣町ということで、車で一時間はかかるとのこと。
わたしは生まれて初めて、軽トラックの後ろに乗せてもらった。普段は荷物置き場なのだが、今はわたししかいない。ちなみに助手席には本物のさちに贈る花束が置かれているから空いていない。
ゴツゴツと揺れる車体に、わたしは何度もお尻をぶつけた。
いいかげん、我慢ができなくなってきたころ、待っていた言葉がかけられる。
「着いたよ」
前からサクラの声が聞こえると同時に、トラックは急停車した。捕まる場所の無い荷物置き場で、わたしは運転手側との隔たりの壁に頭をぶつける。
乗る前は楽しそうだと、思ったりもしたが、前言撤回。全っっ然、楽しくない。
軽トラックから降りると、そこは山の麓にある小さな墓地だった。 墓石が均等に並んであるものの、数は少なく、東京と違って塀もなく、むき出しの状態だ。
山の木々は墓石の上まで生い茂っているため、屋根代わりになっている。
出入り口の様な所には、蛇口と桶が積み重なっていた。わたしたちは人知れず、その水と桶を借りた。
サクラは花束を肩に乗せて、慣れた足取りで墓石の間を進み、わたしもサクラの後ろに水の入った桶を持って続いた。
サクラはある墓石の前で立ち止まった。
「ここさ。東西 幸恵(とうざい さちえ)の墓はね」
長方形の灰色の墓石には、東西家と彫られている。いや、それ以前に……。
「お、おんなぁぁぁ~~~!」
驚くわたしに、サクラはキョトンとした。
「当たり前だろ。サチエは正真正銘の女の子。話さなかったっけ?」
「聞いてない聞いてない」
しかし、サクラは初めから、さちは男とも女とも言っていない。わたしはてっきり、サチが男だったから、本物のさちも男だと勘違いしてしまった。
だが、一言、さちの本名を言ってくれれば、さちえなんて名前の男の子はいないだろうから、女だって分かったのに。
悪い悪い。とサクラは豪快に笑って謝ったが、本当に悪いと思っていないのだろう。
半睨みするわたしを余所に、サクラは桶に入った水を盛大にぶっかけてから、墓石の前の壺に、丁寧に花を飾った。
大雑把なようで、丁寧なようだ。
気分を変えて、サクラと一緒に両手を合わせて黙祷をする。
あなたはどんな人だったのですか。会ってみたかったな。
そう思った後、最後にサチの幸せを祈っててくださいと、願った。
黙祷が終わり、サクラと顔を見合わせる。
「さ、どうする?」
わたしの答えは決まっている。
わたしは被っていた麦藁帽子を外して、墓石の前に置いた。
「これはやっぱり、さちえさんの物だと思います。わたしなんかより、ずっと合ってるもの」
本当はわたしであって欲しかった。サチの友達が、わたしであって欲しかった。
でも、ここに来て分かった。いや、思い知らされた。
サチの友達で、サチが好きだったのは、さちえさんなのだと。
わたしは微笑んだ。
「あ~あ、さちえさんがどんな人か、会ってみたかったなあ」
腕を空の方へ、ウンと伸ばした。サクラはわたしの頭を撫でた。
「なら、話してあげるよ。さちえのことも、あいつのことも。あたしが知っている範囲でだけね」
「お願いします」
笑顔で答えると、サクラは微笑み返した。
「それじゃあ、帰るとするか」
「あ! 先に行ってて下さい。最後にあいさつしてから行きますから」
「そう、分かった。迷子になるんじゃないよ」
サクラは何も聞かずに、入り口の方へ歩いていった。
わたしは、墓石に向き直して、ポケットの中からサチが忘れていったルアーを取り出した。
「その帽子はさちえさんに預けるけど、これはわたしが預かっているね。さちえさんと二人で、あの人の思い出を預かっていようね」
風が吹いて、帽子が飛びそうになった。このまま、置いていたら帽子が飛んでしまうな。そう思い、花を飾った壺の下に帽子の鍔を入れた。
「これで良し!」
手を叩き、少しだけ墓石を見つめた。
「それじゃあ、また来ますね」
墓石に背を向けて歩き出したとき、また風が吹いた。
髪が暴れ、耳元で風のうなり声が聞こえた。
ふぁぁぁるぅぅぅぅ…………
「は、る?」
振り返ると、帽子は飛ばされずに、そこにある。辺りを見回しても誰も居ない。
「風の音だったのかな?」
口ではそういうものの、それはサチが捨てた本当の名前だと思った。
わたしは雲のない蒼い空を見上げて歩き出した。
わたしの夏はまだまだこれからだ。
END
山神様の呪い 神月 @Oct39
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