昔々あるところに……

児玉 信濃

昔々あるところに

 昔々あるところに。

おじいさんとおばあさんが住んでいました。これではありきたりです。

今どきのお話なら、男の子と女の子が住んでいました。とするのが良いでしょう。



 昔々あるところに、男の子と女の子が住んでいました。

男の子は山へキノコを採りに、女の子は川へ洗濯をしに行きました。

もちろん、大きな桃が流れてくることはありません。これは桃太郎のお話ではないのですから。

代わりに女の子は、川辺で柿をいくつかとって家へ帰りました。


 夜になって、二人は柿を食べはじめました。

「もし僕らがこのまま年をとったら」

どうなるんだろうねえと、男の子が言います。

「どうなるんだろうねえ」

女の子も言います。

二人は川のある方角に目を向けて、

「桃太郎に会えるのかな」

と考えました。




 昔々あるところに、男の子や女の子が住んでいました。

彼らは二人だけで暮らしていました。彼らの親はどこにもいません。


 村の若い者に聞いてみると、山に入って鬼に食べられたと答えます。

子供の病気を治すために寺へ行くと、そこで鬼たちに襲われ、喰われたというのです。

あの山には鬼がいるのかいと聞くと、見た人はみんな喰われてるんだから知りようがないと声を震わせて言うのです。


 村の子供たちに聞いてみると、天竺へ旅立っていったと返事が返ってきます。

夢に弘法様が出てきて天竺へ行くように言われたから、二人で旅に出たというのです。

天竺には一体どうやったら行けるのかと聞くと、そんなことは弘法様とお釈迦様しか知らないんじゃないのと声を合わせて言うのです。




 昔々あるところに、男の子が住んでいたとも、女の子が住んでいたとも言われています。

噂話やトリビアには尾ひれはつきもだと、いつか鬼が言っていたのを思い出します。

人から人へと語られて、エスキモーの雪を表す言葉はいくらでも増えていくのです。


 真実を知る人を探していると、「山へしば刈りへ行く男の子を見た」と聞きました。

けれど、あの男の子はしば刈りなんかしたことはないと何故だか分かるのです。

結局本当のところは誰も知らなくて、真実なんてものは知らない方が良いだとか言われるのです。


 それともそこには鬼だけが住んでいて、男の子も女の子も住んではいないのでした。




 昔々、住んでいました。

「誰が」

まるで思い出せません。

「誰だっけ」

妻も思い出せないようなのです。

「誰かが住んでいたような気がするんだけど、結局誰も住んではいなかったような気もしてなあ」

「そうなったらもう思い出せはしないよ、諦めな」

妻はとうに諦めています。

それに、と妻は続けます。

「思い出せないってことはどうでもいいってことなんだ」

確かにその通りなのです。




 昔々。

それから数十年後の昔々に、鬼たちはきっとそこからいなくなるのです。

お供を連れた新しい男の子が鬼たちを退治してくれるのです。

おそらく、たぶん、きっと。

男の子も女の子も村の子供たちもそれを願っています。


 そして、女の子は桃色の服を繕い、男の子はきびを育てるのです。

おそらく……いや確実に。

桃太郎に出会うために。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

昔々あるところに…… 児玉 信濃 @kodama3482

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ