水に酔う惑星
北村くるる
一話 水を忌避するクロード、水のない惑星
「水のない惑星にきても涙は
ルナ、という名を与えたが、女の子ではなく、れっきとした少年だ。
華奢な指で心配そうに男の流した涙を、そっと
「水から逃れようとしたのに」
これはルナのひとりごと。
「夢をみたんだ」
と、男はベッドに横たわったままの
「いつもの悪夢ですね、クロード」
美しい天使が意地悪そうに唇をゆがめ、ほほえんだ。しかし少年は天使ではない。純白の翼に憧れ、いつの日か肩甲骨を羽に改造するのを夢みている。
「悪夢じゃない」
「そうでしょうか? あの女の夢なんでしょう」
皮肉めいた口ぶりだった。ルナは呆れたように肩をすくめたが、やはり心痛くおもうのだろう。やさしい言葉で少年は、彼のオーナーを
「水の
少年は無精髭だらけのクロードの頬に手を添え、上から覆いかぶさる。と、何か言おうとした彼の口をその可憐な唇でふさいだ。
水のない惑星で、生命はない。すでにかつて繁栄を謳歌した文明は滅亡していた。いまこの惑星に存在するのは、クロードと少年アンドロイドのルナのふたりっきり。
惑星に
たとえていうなら、それはラピスラズリの夜だった。青をベースに
海は干上がったが、人が呼吸できる大気は残っている。夜は急激に気温が下がるが、恒星との距離が関係するのか、日のあるうちは常に
かれらがキャンプとよぶ筒型の銀色居住棟の横に小さな実験施設が隣り合っている。惑星には、かつての遺物が大量に埋もれていた。
「ルナ」
痩せて眼鏡をかけ、草臥れた風体をした学者肌の男、クロードが呼んだ。
「それにしても、だ」
「はい」
夜は明けた。いまは惑星の昼を迎えている。ふたりは居住棟ちかくの戸外にいた。一年中、快晴がつづき、過ごしやすい外気温だ。宇宙服を着なくても快適だった。眼鏡を汗で曇らせたクロードは大型のスコップに足をかけ、硬い地面に突き立てる。汗を手で拭い、平らな地表に眼を滑らせた。
「どうだ。つくづく何もない惑星じゃないか」
白い塩の大地が延々と青い空の下にひろがっていた。文明の痕跡は、一部の例外、ルナがオベリスクと呼ぶ石柱の記念物を除き、地表面から一掃され、
そういえばこの惑星、名称すらつけられていない。クロードは、惑星開発委員会に雇われた一介の調査員にすぎなかったが、彼が権限を行使し、委員会が
「名称なら、ブルーミントスターでどうです?」
ルナにこの惑星のネーミングを考えるよう命じていたのだ。
「薄荷の惑星か。ルナはいかにも情緒的だな。天使の翼を欲しがるのも無理はない」
良いとも悪いとも評しなかったが、褒め言葉と受けとった少年は頬を羞恥で染めた。そして照れ隠しに怒った口調でクロードを
「小型の削岩機をつかうって約束ですよ」
「いいんだ、これで」
「また肩を壊しても知りませんからね」
塩の結晶は硬く、スコップで砕くには骨が折れた。――大地をスコップで掘る。この莫迦げた行為は埋もれた遺物を発掘するためのものだが、これまで二度、肩を壊した。ルナとはハンディタイプの削岩機をつかうと約束はしたが、これはいわばクロードの自罰的な行為であり、すなわち罪滅ぼしなのだ。スコップを手にとると、彼はふたたび塩の結晶を砕きはじめた。
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