しかし祈りは天に届かなかった

乃良狗

第1話

「貴様が魔王だな!」

室内に入ってきた五人組の一人が、緑色の粘液でぬれた剣を部屋の主に向け、何故か一度、深呼吸をしてからそう叫んだ。どうやら緊張のあまり、ここにくるまでに何度か練習したのであろう台詞と行動の手順を間違っておこなってしまったようだった。

様式美ともいえる台詞と、無駄に装飾が多い鎧からも彼がどこかの貴族の出であることことがうかがえた。他4人は装飾もなく傷だらけの無骨な鎧を着ている。つまり討伐隊は貴族と金で雇った傭兵の混成か。しかしどうせ高い鎧を着てくるなら、いっそのこと黒塗りの高級鎧にすれば良いのに。もしかしたら相手が疲れからかぶつかってくれるかもしれない。

一方、剣を向けられた相手、つまり魔王と呼ばれた男は読んでいた本から―――顔をあげることもなく、次のページをめくった。


室内は討伐隊の息遣いと、男がページをめくる音だけだけが流れていた。

さらにそこに金属がこすれる音が加わった。さっき威勢よく言い放った貴族の男の剣が小刻みに震え始めていた。剣をあげたままだったから腕が辛くなってきたのだろう。


「貴様が!魔王だな!?」


それでも意地だろうか。

一度、剣を下ろしたほうが良いとおもうのに、貴族の男は腕と刀身を震わせながら再び男に問いかけた。

はたして問いかけが届いたのか、男は読んでいた本を閉じた。

静かな室内で本を閉じる音がずいぶんと大きく響いたように感じた。


「寝るか」


男はそうつぶやくと、机の上のロウソクを吹き消し、布団を体にかけて寝る体勢を整えた。室内を照らす明かりは、壁の小さなロウソクだけとなった。


貴族はプライドの高い者が多い。さすがにここまで馬鹿にされては、あ、やっぱり。

私が思うのとほぼ同時に、貴族の男は大股で、わざと床を踏み鳴らしながら寝台に歩いて行く。傭兵の面々も雇い主から離れるのは得策ではないと即座に判断し、男に追いつこうと駆け出した。

寝台まで後数歩。

仰向けになって寝ていた男の口が、笑みを堪らえようとしたように歪んだのに気づいたのは、私だけだろう。


「俺を馬鹿にしたことをあの世で後悔――!!」

貴族の男が持っていた剣を叩きつけようと踏み込んだその瞬間、足場は消失した。魔法使いや盗賊を編成してなかったのも運が悪い。彼らは寝台前に設置された落とし穴に気づくことができず、悲鳴をあげる間もなく垂直に数メートルを落下。

ご丁寧に穴の途中に設置された金属の網でサイコロ状に裁断された。


「おやすみ、討伐隊諸君。良い夢を」

一人室内に残された男は、目をつむったままそうつぶやき、今度こそ眠りについた。


魔法製の映像機で一部始終を見ていた私は、自分に用意された簡素なベッドに顔から倒れ込んだ。私を助けるために編成された討伐隊だったのかはわからないが、またしても私は助けられそこなったようだ。あぁぁぁ…。

魔王にさらわれて今日で何日目か忘れてしまったが、記念すべき101回目の討伐隊は食材の下処理のような最後を遂げてしまった。

15回目の討伐隊以降、回を重ねるごとに討伐隊の人数が減っているのは道中の戦いで減ったためだと思いたい。

明日の食事に肉がでないことを、私は神に祈って眠りについた。


明けて翌日。

豚顔の食人鬼は鼻歌を歌いながら足でドアを開け、室内に煙が立ち上る鉄板を持ってきたのだった。

やはり私の祈りは天に届かなかったらしい。









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