第48話 まだやれることはあるはずです。
駐輪場へ着くと、受け入れの営業時間を終え、照明が落とされたホテルイノウエの玄関が見えた。
裏へ周り従業員入口ドアを勢いよく引き開ける。
途端「閉めろ閉めろ!」の声が飛んできた。
へ?
慌てて後ろ手に閉めると、バッタのように飛びついてきた波多野が、周囲を見回しながら耳元へ小さく告げる。
「コードブルー!配置に付け」
……記憶にある、が、すぐに思い出せん。確か重要なキーワードだったはず。配置ってなんだった? んーわからん、恐る恐る聞いてみる。
「それってなんだっけ?」
瞬間、後頭部にバシッと衝撃が走り、冷たい視線が激しく飛んできた。
「コードは重要案件でしょうがっ、レッドは病急患、イエローは負傷急患、オレンジはパニック、ブラックは死亡、ブルーは脱走!」
そうだった!緊急時速やかに伝達対応するためのコード、ハッとして波多野に向き合う。ブルーは脱走、その場合、スタッフそれぞれが予め割り当てられた場所を捜索することになっている。
「対象は?」
「3歳のオカメインコ、クリッピング《羽切り》無し、好きなことは徒歩で隙間に隠れること」
寄りによって、脱走対象者の好みが隠れんぼとは。
「ナスカンはしてなかったのか? ケージの入り口は常に3か所とも……」
俺の疑問を察した波多野に遮られる。
「確実にしてあった。2ヶ月滞在中にコツコツ練習して、とうとう外せましたー!って感じらしい」
思わず目を丸くする。
「外せましたって、まさかの自発かよ! 時間は?」
腕時計を確認しながら、波多野が難しい顔をした。
「夕食時の所在確認後、おそらく出てから1時間弱、目撃無し」
脱走、脱柵防止のため、輪の一部を押し下げないと外れないはずのナスカンをいったいどうやって……と思ったが、遊び好きな個体なら、輪投げやボールシュートなど難なく覚えるインコも少なくない。
ならば、ナスカンも遊び道具のひとつとなった可能性は十分考えられる。
渡されたカルテのコピーに目を通す。体長30センチ、名前は「ほっぺ」。ノーマルカラーの女の子で、人好き、好奇心旺盛、飛行慣れしており、今のところパニックを起こしたのは震度3から4の地震時のみ。と。
隠れるのが好きときたら、名前を読んで出てくることはまず無いと思った方がいいだろう。まして外に出てみたら見知らぬ場所だ、困り果て、声も出せずにどこかで縮こまっているかもしれない。
もしくは嬉々として新しい遊び場に夢中になっているかだ。
目撃が無いのは、飛行距離が短いか徒歩で移動したか。
どちらにしろ、気付かず踏む、挟むなど圧死事故を避けることはもちろん、慣れない場所で家具などへの衝突による重症骨折事故が起きる前に、早急に探さなければならない。
小さな保護ネットとライトを手に、館内へ散らばるスタッフを見ながら、俺はケージを置いてあった部屋へ移動する。
「ちょっと守野! もうそこは何度も確認済み」
「わかってる」
不思議そうな顔をした波多野が、俺の前に回り込む。
「じゃあなんで」
「ほっぺの気持ちになってんだよ。ほっぺならどこを目指すのかって」
そこへ、驚愕の表情を隠しもしない有野が現れた。
「晃、そんな無茶な」
呆れたような2人の視線を無視して集中する。
まず早くほっぺを見付けること。それが今やるべきこと。
それから俺は、俺に出来ることをやる。
そのために戻ってきたんだ。
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