Last Night,Precious Night
甘夢 鴻
プロローグ 「やるせなさ」
『はぁ? 登山道具?』
親友の秀樹が、電話の向こうで素っ頓狂な声を上げる。しかしこの後の反応を考えると気が滅入った。
『なんでそんなもの?』
一瞬言葉を飲む。だけど意を決し、のろのろと口を動かしながら訳を説明すると、電話越しでもカッと怒りが込み上げたのが伝わってきた。
『お前っ、それ本気で言ってんのか!』
「あいつの願いなんだ」
ピシャリと言うと、今度は息を詰まらせたように沈黙した。まるでそれが、
「頼むよ……。お前、普免持ってるだろ?」
『……分かったよ』
諦めたように。だけど、悔しさを忌々しく吐き出すような口調がその一言には込められていた。若干擦れた音のようなノイズが聞こえたのは、たぶん向こうが電話を握りしめたせいだ。
「悪いな、こんなこと……」
『
口では納得していても、心では納得なんかしちゃいない。言葉にしなくとも、そうした恨み言のような文句がありありと聞こえてきた。それ以上耳を突き刺されるのが耐えられなくて、会話を終わらせようと素っ気なく返した。
「じゃあ十四日、頼むな」
『ああ』
簡素な返事を聞いて、すぐさま電話を切る。気心の知れた相手だというのに、今は一秒でも話していたくなかった。
大きいため息を一つ吐く。気の重い会話を終えたという安心感と、気の重いまま終えた会話の後味の悪さを胸に感じたせいで。
七月の序盤。早くも梅雨が過ぎ去った雲一つない青空では、既に真夏の太陽が傍若無人に地上を焼いていた。姿の見えない耳障りなセミの声と日差しが肌を
舌打ち。
本当はきっと、自分が身を粉にしてでも動かなきゃいけないんだ。
だけど、いくら奔走してあいつの願いを叶えたところで、達成感なんてものは微塵もなく、あとに残るのは結局虚しさと悲しさと悔しさだけで、この心は一片だって晴れはしないのだろう。それを思うと、どれだけ必死になったとしても全てが無駄だと思えてしまって。
自己中な考えだ。自分が救われないからやる気が出ないなんて。
しっかりしろ。今までどれだけ助けられたと思ってる。
そうさ。
本当に。
粉のように脆くて弱っちい身体になってしまったあいつのことを本当に想うなら、この身は
たぶん自分にしかできないし、それに。
あいつに報いることができる、最後のチャンスに違いないんだから。
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