第5.5章 魔法幼女②

 あたしの実家は閑静な住宅街の中にあって、コンビニやスーパーなんかも近くにあったから生活での苦労はあまり感じないくらいには充実していた。

 また、車の通りもあまりなくて数カ所にある公園から聞こえてくる子供の声の方がはっきりわかるほどには、喧騒的な雰囲気は感じなかった。


 その空き家の一室は、あたしの部屋の窓から向こうの家の窓を通して見ることが出来た。

 あたしから見て手前と右に窓、奥の壁にクローゼットがある以外は何もない部屋だった。

 引っ越してきた家族がその部屋を揃って訪れた時、あたしはそのご夫婦よりも、父親のズボンの裾を掴んであたしから隠れるようにしてこっちを覗いている男の子が気になった。

 パッと見あたしと同い年のその子は、丸みを帯びた顔つきで愛嬌があって、少しぽっちゃりとした体形をしていた。

 特別な感情はその時はなくて、どんな人が来るんだろうとしか思っていなかったから、少しだけ驚きだった。


 その日から一週間ほど、向こうの家の引っ越し作業が進む中、うちの玄関のベルが鳴った。

 はいはーい、とお母さんが迎え入れたのは、裏に引っ越してきた家族の男の子だった。

 あたしも階段をゆっくり下りながら、ひとまず玄関が臨める踊り場に立って見て、一目惚れだった。

 この前は陰に隠れていたから気づかなかったんだと思う。

 改めてその子の全身を見て、かっこいいと思ってしまった。

 丸顔であることは確認できたけど、最初に見た時よりは痩せて見えたからかもしれない。


 後になって本人から聞いたことだけど、この時は自分の部屋の引っ越し作業を親や業者の人たちと手伝って、だいぶエネルギーを使ったからなんだとか。

 それでもあまり変わんなかったでしょう? と不安そうに聞いてきた彼をあたしは平手で引っぱたいて、

「ばーか!」

 って少し泣きながらあっかんべーして、いたたまれなくなって走り去ったことを覚えてる。


 彼は当然のようにあたしと同じ幼稚園に通い始めた。

 最初こそ話題にはなったけど、すぐにもてはやすようなことは落ち着いて、みんなと打ち解けて仲良くなっていた。

 あたしも本当はお話ししたかったけど、今までの積み重ねでできあがっちゃったキャラを壊すことに躊躇いを感じて、中々話しかけられずにいた。

 そして今でもそうだけど、あたしはまだあいつと幼馴染であるという事実を同級生には漏らしていない。

 ついこの前の面接でうっかり話したことは除いて。

 それは、あたしの中で「幼馴染」という言葉の特別感というか独占感というか、何か他人に譲れないだけの強い意味があると信じているからかもしれない。

 もちろんこれは同い年の幼稚園生たちにも貫き通したルールだ。

 この頃の同級生が幼馴染のことをどれくらい特別なものだと考えていたかは、あたしには知ったこっちゃないが。

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