第19話-1 見ていく?

 野営訓練は二日目を迎えた。


 雨も降らず、しっかり寝床を作成したおかげで冷え込みもほとんど感じずに済んだアベルたちは爽快な朝を迎えることができた。木々の隙間からこぼれる日の光に目を覚ましたアベルは、包まっていた外套から抜け出すと川まで行って顔を洗った。


「おはよう、アベル!」


 顔の水気を手ぬぐいで拭ったところで後ろから呼びかけられた。


「おはようリュリュ。めずらしいな、こんな朝早く起きるなんて。他の二人は?」

「えへへ、何か気付いたら目が覚めちゃった! レニーたちはまだ寝てるよ!」


 手早く顔を洗い、アベルの持つ手ぬぐいの端っこで拭きながら、リュリュはアベルの肩の上に腰を下ろした。


「ねえねえ、アベルは今日この後どうするの?」

「そうだなぁ…」


 アベルは少し考えこむ。


 食料はリティアナたちが捕まえた分も加えて余った魚を腸抜きして保存加工しておいたので今朝の分は問題ない。学府に戻るのは明日の昼前だから、夜足りなくても先日の釣れ具合から見て少し釣りをすれば十分まかなえそうだ。


「うん、約束したし僕も今日一日はのんびり海で水遊びでもしようかな」

「ホント!?」


 嬉しそうにリュリュが顔を輝かせる。


「うん。こんな綺麗なところに来たんだからせっかくだしね」

「そうだよそうだよ、楽しもう!」


 そう言って嬉しそうにくるくる周りを飛ぶ彼女を見ているとアベルも嬉しくなってくる。


「あはは、判った判った。それじゃあ、早いところ朝ごはんの支度を済ませよう」

「うん、判った!」


 早速アベルは焚火を熾し、リュリュはかまどにそって立てかけてある八本の枝を集めだした。


 枝と言ってもただの枝ではない。

 昨日アベルが持ち帰った魚のなかで格別に身の大きいものから腸を抜き、たっぷり塩をまぶして逆さに突き刺したものを、自生していた大芭蕉の葉でぐるりと囲むように覆っておいたものだ。


 寝ている間に焚き木がゆっくり消えるよう調節しておき、弱火で立ち上る煙によってじっくり焼き枯らしておいたことで中の魚は綺麗な飴色をしている。


 それを遠火で再びじっくり炙り出すと、やがて焼き魚の脂が焼けるいい香りが辺りに立ち込めてきた。


「んん…おはようアベル」

「おはよう…、ございます……二人とも…」


 香りにつられ、リティアナたちも寝ぼけ眼をこすりながら起き出して来た。


「おはよう二人とも。顔洗っておいでよ、その間こちらを済ましておくから」

「うん、判った…」

「お手数お掛けしますわ…ふわぁ…」


 レニーたちが大あくびをしながら川に向かうのを焚火に向かっているアベルが見送る間、リュリュは忙しく周囲を飛び回っていた。魚だけでも良いが、他にも彩があれば尚食事が楽しくなる。


「リュリュ、それは?」


 そう言って戻ってきた彼女の手には、三分の一ディストンほどの大きさをした紫の楕円状の実が人数分握られている。


白橘福木ハクキツフクギの実だよ。ボクの故郷でも採れたんだけど、甘くって美味しいんだ~、これ。よくお祝い事があったときにみんなで食べたっけ」

「へえ、そりゃあ楽しみだなぁ!」


 丁度顔を洗ってついでに水も汲んできたリティアナたちも合流し、リュリュを中心にした女性陣はしばし白橘福木の実から中身をほじくり出す作業に没頭した。アベルが全員分の魚を炙り終えたところでちょうどほじり終え、各自に食べ物が回される。


「んんん、おいひぃ」


 早速自分の身長ほどもある魚の身に齧り付いたリュリュが口一杯にほおばりながら満足そうに頷くのを見て、アベルも自然笑顔になる。


「塩味がいい具合に効いてるわね。煙の香りがまたいい感じ」

「私はこの果物が断然気に入りましたわ。今までに食べたどんな果物よりも上品な味わいで、果物の女王と呼んでも差し支えありませんわね!」


 大仰なレニーの反応に、リュリュがやや引き気味になりながら提案した。


「そんなに気に入ったなら、また取ってこようか?」

「そうですわね…いえ、やっぱり食べたくなったらそのとき自分で採りに行きますわ。あ、でも戻るときにお土産にしたいので、そのときには手を貸してくださいな」

「グリューやダーダへのお土産だね」

「え?」


 きょとんとするレニー。


「え? いや、だってお土産って言うから」

「いやですわねアベル、もちろん私たちの分に決まってますわ? ダーダとグリューの目の前で食べるつもりではありますけど」


 そう答えるレニーはさも当然とばかり、真面目な表情を崩さない。


「あ、そうなんだ…」


 アベルは追及を放棄した。


「まあ、大量に余ったらそのとき改めて考えればいいことでしょう。今のところは魚に集中したいですし」


 レニーはそうして上品におちょぼ口で焼き魚に齧りつく。かくて実に満足な朝食の一時を一行は心行くまで堪能したのだった。


「んで、これからなんだけど」

「食料は大丈夫かしら?」

「うん、まだまだ焼き枯らした魚はあるから。足りないってことは無いと思うよ」


 一同が頷く。


「昨日はアベルが凄かったし、今度はボクたちがびっくりさせようよ!」

「そうね。あ、今度は私が貝を採っておきますわ。流石に魚ばかりだと飽きますし」

「魚は多ければ多いほどいいけど余ったら持ち帰れば良いし、気が向いたら確保するって程度でいいんじゃないか?」

「それもそうね。まずはしっかり遊びましょう!」


 反対する者は誰もいない。

 当然だ、こんな綺麗な島に来たのだから羽を伸ばさなくてはもったいない。


「アベルも遊ぶでしょ?」

「はいはい。班長としての仕事は昨日で済ませたし、今日は僕も気兼ねなく遊ぶつもりだよ」

「やったあ!」


 喜色満面の笑顔で飛び回るリュリュに、アベルもつられて笑顔になった。


「よし、それじゃあ時間も惜しいし早速着替えようかな」


 すっくと立ち上がったアベルに、三人の視線が集中する。


「え…ここで?」

「いやまあ、アベルがそうしたいならボクたち止めないけどさ…」

「思ってたより大胆なのね」


 顔を真っ赤にしてアベルは怒鳴った。


「外行くに決まってるだろ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る