第18話-1 野営訓練のお誘い
「おやおや、これはこれは寄せ集めの皆さんじゃないか」
戦技の訓練を終え、三々五々に散ろうとしたところでその少数派筆頭のルークがユーリィンを伴い、殊更大きな声で呼ばわってきた。
「いやはや、泥棒の仲間がまだこの学府に残っているとは思わなかったなぁ。僕がアベル、君の立場なら恥ずかしくて居残るなんて真似できないね恥ずかしくて」
あからさまな挑発にアベルはかっと顔を赤くした。
「あら、そうですわね、あなたの班員ならそうするでしょうとも」
怒りのあまりとっさに言葉の出なかったアベルの代わりに辛らつな皮肉を浴びせたのは、レニーだった。
「生憎、私たちは彼が盗人ではないと信じてますわ。恥ずかしさも何も、やましいところは無いのだから退学する必要なんて無いでしょう。なんでしたら、ムクロが泥棒扱いしてくれないなら自分が退校すると校長に願い出たらいかが? きっと親身になって対応してくださることと思いますわよ」
校長に、と言われた途端ルークの顔が強張った。
ムクロの件に関しては遺跡を調べ終わってすぐに報告した結果、実行犯がムクロかどうかの確証が無いことも相俟って、事情により一時帰国していると校長が自ら学生たちに告知している。それを一生徒が私怨で蒸し返すとなれば当然問題行動となるだろう。
まだ何か言い返そうとしていたものの、一人騒ぎを無視し脚を止めずに去り行こうとするユーリィンを見たルークは、舌打ちを残し彼女の後を追って逃げるように立ち去った。
「どっちが班長だよ」
居残っていた観衆から意地の悪い笑い声があがった。これでまたしばらくはルークが部下に八つ当たりする機会が増えそうだ。
「ありがとう、レニー」
「気にしなくて構いませんわ」
頭をかきかき礼を述べるアベルに、レニーは真顔で答えた。
「むしろ、あなたはもう少し冷静に努めたほうがよろしくてよ。仮にも私たちに指示する者が、一々下郎のしょうも無い挑発に応じていては身が持ちませんわ」
自分だって、リュリュと飲んだくれて当り散らしてたくせに…と言い掛けたのをかろうじて飲み込み、アベルは苦々しげに頷いた。
「そうだね…気をつけるよ」
そんなことを言い合っていると、クゥレルとパオリン、ウォードがいつの間に近寄っていたのか傍にいた。今のやり取りを見ていたらしく三人の方はしばらくもじもじしていたが、やがて意を決したようにクゥレルが口を開いた。
「すまん、アベル!」
勢いよく謝罪したクゥレルに引きつづき、他の二人もまた頭を下げたことでアベルとレニーは面食らった。
「ムクロが泥棒だなんて俺らも信じたわけじゃないんだ。だけど…ルークたちが言いふらしまくってて」
「ありえないと思ったんだが、特に試験が近かったから…」
「まあ」
言い訳にぴくりとレニーの眉が吊り上る。
「証拠も無く、ルークの流言だけであなたたちは信用できなくなったと? これだから人族は…」
「ま、まあまあ。落ち着きなって」
アベルがレニーを制した。
「アベル? あなた、腹が立ちませんの?」
「もちろん、僕だって腹は立ったさ」
アベルの言葉に、クゥレルたちが気まずそうに顔を見合わせる。
「けど、今さっきのレニーの言葉を聞いて思ったんだ。同じことなんだと思う。レニーが人族のことを信用しきれないように、クゥレルたちだってムクロのことを信用しきれなかった…そういうことなんだと思う。だから…今回は、僕は許すよ」
「アベル!」
尚も言い募ろうとするレニーを制し、嬉しそうに表情を輝かすクゥレルたちにアベルはきっぱりと告げた。
「ただ、できればここにいる僕らたちだけじゃなく、リュリュにもちゃんと謝って欲しい。…無関係なのに友達だと思ってた相手から急に距離を置かれるのは、人族とか関係無しに辛かったからさ」
その言葉に、三人は互いに顔を見合わせ、そして頷いた。
「そうだな、すまん。レニーも…悪かったよ」
「本当に申し訳ない」
「ごめんなさい、あたしたちちょっと無神経だったわ」
その謝罪に、レニーは大きくため息を吐いた。
「んもう、これで許さなかったら私が悪役になりますわね。いいです、私も和解を受け入れますわ」
ようやく場の緊張が解けたのを見計らったように、クゥレルが努めて明るい口調で話題を切り替えた。
「それでよ、提案があるんだ」
提案と聞いて首を傾げるアベルたち。
「もしそっちがよければ、次の野営訓練のとき同じ場所にしないか? 俺たち三班も一緒なんだが、この機会に仲直りと、もっと親睦を深めたいと思って」
「野営訓練? …そういえば試験勉強していたときにリティアナがちょっと言ってたような」
聞きなれない単語にアベルは聞き返した。以前説明されたような記憶があるが、稽古疲れでうとうとして聞き逃していたようで記憶がはっきりしない。あやふやな記憶にかろうじて残っていたのは、彼女も一緒に参加すると言っていたことだけだ。
「来月、二年生は
「へえ…でもなんでまた? 外に行くのはちょくちょく今でもあるだろ?」
アベルの疑問に、クゥレルが人差し指を立ててちっちっちと舌を鳴らした。
「そりゃ日帰りだろ? 今までは学府の中で寝泊りできたが、冒険屋を目指す以上野宿する機会が増える。危険な地域に野宿することもあるから力量を認められる生徒じゃないと受けさせてすらもらえないけど、これからはそういう訳にも行かないってことだろうぜ」
「大変そうだね…よりによって冬の最中だなんて、きついだろうな…」
げんなりしたように呟くアベルに、
「まあ本格的にはじまればな。ただ、最初の一回は違うんだそうだ」
ウォードがにやり、と笑った。
「俺が聞いてきたんだが、試験後の最初の一回はどちらかというと慣れさせるという意味合いが強く、のんびりできるらしいんだ」
「のんびりできるって…何がさ?」
アベルの疑問に、ウォードは笑みを浮かべるだけで答えない。
「そりゃあいろいろってな。アベルは知らないみたいだし、そのときのお楽しみってことで。ま、何をしないにしても、危険を推して遺跡探索とかしなくて済むだけでも気が楽ってもんだ」
「まあ…それはそうだね」
これにはアベルも頷く。
最近アベルたちは三人で探索せざるを得ないため、ここ最近の遺跡探索授業の成果は遅々としてあがっていない。
「食料採取はしないとならないそうだけど、逆に言えばそれくらいしかやらないで良いそうよ」
「ふむふむ。なんか聞いた限りでは休暇みたいですわね」
パオリンの話を聞いたレニーがそういうと、ウォードがああと肯定した。
「先生は明言してないが、試験後に設けてあるのもそういうことらしいぜ。考えてみれば去年入学してからまともな休日も無かったし、その代わりみたいなもんなんじゃねえか?」
「そういうものなのかな…?」
とはいえ、考えてみれば確かにあの校長の性格からしてありえなくもないとアベルは結論付けた。普段が恐ろしく厳しい分、羽目を外すときは意表をついて盛大に外すという印象がある。
「まあ…どっちにしろ強制参加なら、一緒に参加するのに異論は無いよ。多分リュリュも文句は無いんじゃないかな。レニーは?」
「まあ…私も構いませんわ」
聞かれたレニーも頷いたところで、クゥレルはぱぁんと両手を勢いよく打ちつけた。
「よっしゃ、それじゃこれで決まりだ! 行く予定の場所は決まってるから、後でそっちにも伝えておくよ」
「うん、判った。リュリュにも伝えておくよ」
そうかわした後、アベルとレニーは次の授業に向かうため教室に向かった…が、そこでもちょっとした問題が起きた。
「へぇ…ボクの意見を聞かずに勝手に決めちゃったんだ」
ちょうど教室にいたリュリュに事情を説明したのだが、アベルは突然彼女がへそを曲げたことに困っていた。
「勝手に決めたのは悪いと思ってるよ。けど、野営訓練は必ずやるんだから…」
「そんなことはどうでもいいよ!」
横目でにらみつけるリュリュが何故怒っているのかアベルには判らない。
リティアナはいつ戻ってくるかも判らないし、レニーはとっくに自分の荷物を持って教室を出ていた。誰に助けを求めることもできずアベルは困っていた。
「じゃあ何に怒ってるのさ?」
「…勝手に」
リュリュは上目遣いに一端見上げたが、すぐにぷいと顔を背けてしまう。
「勝手に行き先決めたことだよ。クゥレルたちと一緒のとこってことは、もう決まってるんでしょ」
「あ…あぁ、そういうことかぁ。もしかしたらクゥレルたちと和解したことかと思ったよ」
リュリュが口を尖らしたまま言い返す。
「…別にクゥレルたちのことはいいよ、薄々そうじゃないかなぁとは思ってたし。でも、野営訓練の行き先を勝手に決めたのはずるい! 色々楽しそうだったからみんなと色々話しながら決めたかったのに!! ボク一人で色々候補探してたのバカみたいじゃん」
ようやく彼女が何に腹を立てていたか判り、アベルは素直に頭を下げた。まさかリュリュがすでに知っていて、候補を探していたとは知らなかったのだ。
「ごめん、悪かったって。僕、詳しい話を聞いていなかったから行き先が他にあるとは知らなかったんだよ」
頭を掻き掻き謝罪するが、リュリュはそっぽを向いたままだ。やむなくアベルは代わりの交換条件を提示することにした。
「うーん、それじゃあ…お詫びに何か一つ、何でも言うことを聞くってのはどう?」
「何でも?!」
途端、勢いよく振り向いたのにアベルはちょっと迂闊なことを口走ったかもしれないと焦った。
「う、うん…と言っても僕に出来る範囲でだけどね。すごい武器をくれとかお金沢山くれとか無茶苦茶便利な錬金具をくれとか言われても無理だよ?」
リュリュが横目で睨んだ。
「ボクそんなこと言わないよ! もうっ、アベルったらボクのことなんだと思ってんのさ!」
「ご、ごめん、そういうつもりじゃなくて」
また怒らせたかとアベルは慌てて謝った。
「もう、アベルっていつもそうだよね。も少し考えて喋った方が良いよ? まあ良いや、きり無いし…それじゃあ、折角だし今度考えておくよ。あ、いつまでとかって期限は無いよね?」
「まあ…あんまり長いとまた忘れちゃうかも知れないから…」
リュリュが大げさに嘆息する。
「はいはい。まあボクも忘れるような勿体無いことはしないから、そこは安心して」
「まったく安心できないけどね…」
「でも、ここまで色々好き勝手言ってくれちゃったしな~。お願い事は厳選しておかないとねぇ」
ようやくリュリュの顔に笑顔が戻り、アベルはほっと胸をなでおろした。
「…お手柔らかに頼むよ、ほんと」
そこで次の授業を告げる予鈴の鐘がなった。
「あ、鳴っちゃった。それじゃあボクも行かなくちゃ」
ふわりと飛び上がると、
「それじゃそのときを楽しみにしていたまえ、アベル君! んっふっふ~」
リュリュはアベルを一周りして飛んでいってしまった。
「何だかんだで機嫌なおった、のかな? 変ないたずらに巻き込んできたり、無茶苦茶なこと言わないでくれると良いんだけど…」
そう呟くアベルもまた、野営訓練を今から結構楽しみにしていることに今更ながら気付いた。
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