第13話

「あちらで藩王との取引を任されて、会社と藩王の間をくすねて金を貯めたというのだが、実はよくわからんのだ。私はリンハラで仕事をした経験はないが、それだけでは小銭を貯める程度でしかないだろうからね」

「では、どこから――」

「噂ではあまりよくない話も聞くこともある。それこそ奴隷としてリンハラの人間を売り飛ばしていたとかな」

「本当でしょうか」

「わからんよ。あくまでも噂だ。リンハラ成金への妬みもあるかもしれない」

 もっと悪辣な噂もあるがな、とバーモンダル氏は意地悪く付け加えた。

「まあ事実はともかく、そういう噂が広まるというのは、ドラング氏があまりよく思われていない証拠でもあるのだがね。さっき言った妬みもそうだが、ブラングリュード商会が狙われたような彼の強引な手法に対しては、批判的な視線を向ける人間が多いということだ」

「なるほど」

「それでも今のところドラング氏はドラング商会という貿易会社に加え、工場をふたつも経営し、さらに他の事業にも進出しようとしている新進気鋭の実業家といったところだな」

 うらやましいね、とバーモンダル氏は軽口を叩く。

 もっともボクから見れば、バーモンダル氏こそ地位も金も人望あり、相手が貴族あたりならともかく、本心でリンハラ成金の成り上がり者をうらやむとも思えない。

 不審な目を向けると、今度はバーモンダル氏がボクの顔から視線を外した。

「来年、商工組合の会長の任期が切れ、次の会長を選ぶ選挙が行われる予定だ。最有力の候補は現在の会長である――つまりは私だが、特に他の候補もなく二期目の当選も間違いなしと言われていた。ところが、最近になって対抗馬が現れたのだよ」

 つまり、それが――。

「パッセル・ドラングという男なのですね」

「そういうことだ」

 今日、一番大きな声でバーモンダル氏は笑った。

「そんなわけで私にはブラングリュード商会がドラング商会の軍門に下ってしまっては困るわけだ。そんなことになったら、穀物業界まで彼の影響を受けることになるし、私の再選に不安材料が生じてしまう」

「なるほど。とても納得しましたよ。ではもうひとつ、ボクを紹介した理由はご説明していただけてません」

「それはもっと簡単だ。身の回りで頼りになりそうな人で、ドラング氏に名前を知られていないのはリルケットくんくらいなものだからね。有力議員とかの方がいいんだろうが、そちらに話を持って行ったら私がドラング氏と全面戦争になりかねない」

「でもボクじゃ頼りになりません。専門外だというのは、バーモンダルさんが一番よくご存じでしょう」

「専門外だと何度も言うけどね、君にはドラング氏と同じくリンハラにいたという経験があるじゃないか。それに、あまり君は言いたがらないが、独自の人脈もあるんだろう? ドラングのような一見野心家でも、その実、しっかりと計画を練ってくるような相手には、もってこいだと思うんだがね」

 この言葉にボクは苦い表情をしてしまう。関係があるような無いような、そんな微妙な理由だ。

「それにあのお嬢さん、なかなかいい子だろう。この仕事柄、知り合いが年上ばかりになるのは仕方がないが、君ももう少し同年代の友達をつくる必要があると思うのだが」

「また難しいことをおっしゃいますね」

 ボクは新興の専門職のブルジョアジーとはいえ、同じ中産階級の人々の中での収入は下層もいいところだ。日々、仕事に追われて余暇などほとんどない。そんなわけで、日々の生活か仕事でしか他人と知り合うことなどできず、同年代の友人など無理である。

 さらにアルフィアのような人間は、自分とはあまりにかけ離れた存在で、話をすれば楽しいのだが、どこか気後れしてしまう。

 そもそも彼女から依頼については、はっきりと断りを入れられているのだ。さすがにこの状態で、またのこのこと会いに出かけていくことができるほど、ボクは面の皮が厚い人間ではなかった。

「もう一度、ブラングリュード商会と連絡を取ってくれないかね。お嬢さんには私からも謝っておこう」

 難しいことを頼まれる。

 だが、否と言えるはずがない。

 やはりバーモンダル氏には恩義がありすぎる。

 それに独立直後ほどではないにしろ、なんだかんだ言ってもバーモンダル氏の後ろ盾は仕事を行う上で有意義なのだ。とりわけ、若さから来る信用度の低さを補うには、バーモンダルの名声は本当にありがたい。

 もしバーモンダル氏が次の商工組合の会長選挙に敗れるようなことがあれば、ボクにとっても少なからず影響があるだろう。取って代わるのがあのドラングとあれば尚更だ。

「あまり期待はしないでください。バーモンダルさんが謝られたところで、ブラングリュードさんが許すとも思えません。ですが、ドラング商会とのことは陰ながら協力はさせていただきます」

 義理と打算が入り混じってはいるが、今のボクにできる精一杯の返答だった。

 それでもバーモンダル氏は満足してくれたようだ。

「期待しているよ。ドラング氏のことでなにかあったら報せてくれたまえ。こちらもわかることがあれば報せよう」

 握手とするとベンチから立ち上がり、元来た方へと去っていった。

 いきなり多額の借金を全額返済するよう迫られた貧乏人のような気持ちで、ボクはその後ろ姿を見送った。

 アルフィアとのことにしろドラングとのことにしろ、やっかいなことには変わりなく、正直なところどうするべきか見当もつかない。アルフィアには謝りに行くとして、その先の見込みはない。ドラングには果たして自分の知識と経験が通用するのか、まったくわからない。

 それでも何か動かなければと思った。

 ただ気持ちを切り替えるには、もう少し時間が必要だった。

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