俺が一番うまく主人公補正を使えるんだ!

白銀天城

俺が一番うまく主人公補正を使えるんだ!

『今回の設定は廃墟と化した街。一対一の勝ち抜き戦です』


 無機質な機関音声がそう告げると同時に、何もない空間に廃墟が現れた。

 ここは俺達からすれば遠い未来。敵主人公からすれば別世界だろう。


「アキトがんばって!! 私がついているわ!」


「アキト、応援してるから……負けないで」


 俺のヒロイン達が応援してくれる。

 せっかくハーレムエンドを迎えたってのに、こんなところで負けないさ。


「今回は廃墟か、ナビゲート頼むな」


「はい、どこまでもアキト様のお側に」


『主人公アキト。登録完了。主人公らしい健闘を祈ります』


 そしてアホみたいにでっかいサイレンが鳴らされ、『主人公天下一決定戦』が始まった。


『アキト様! ゾンビが!』


 立体映像で映し出されたヒロインがその風景を映してくれる。

 見るとなぜかゾンビ。しかも群れで。


「なるほど、敵の主人公はどうやらゾンビサバイバルの世界から来ているようだな」


「その通りだぜえ!」


 壊れて丸く抉れたビルの二階から、こちらを見下ろす人影。


「ゾンビウイルスが蔓延した、絶望の世界を生き抜くパニックホラー。それが俺様のいた原作世界さあ!」


「ならこいつらはお前の敵じゃあないのか?」


「いいや違うね。俺様は原作終盤、ゾンビを操る王となった!」


 原作世界。それは俺達主人公がいた世界。

 そこで自分のなした功績がそのまま適用されるのが、この大会だ。


「さあやれ! そいつらを食っちまえ!」


 ゾンビの動きは遅い。そして俺はゾンビなど見飽きている。


「フレアボム!!」


 両手から飛び出す火球は、触れれば爆発する危険な代物。

 生きたまま、いや死んでなお動くゾンビを火葬にしてやる。


「ちっ、こいつ魔法世界から来てやがる!」


「そんなモンスターを俺が何匹狩ったと思っている。剣と魔法の世界じゃあ、ゾンビなんざただのザコだぜ」


「かもな、だが負けねえ! ヒロインの笑顔のために!」


「くっ、主人公っぽいことを!」


 まずい。主人公っぽさを出してきやがった。

 主人公同士の戦いは、力や異能など飾りだ。

 どちらがより主人公補正を引き出せるかが勝負。


「アキトさんよ、俺の真の名を教えてやる」


「なんだと!?」


 しまった、俺はまだ、あいつの名前を聞いていない。

 つまり異名をつけたり、あえて名前を教えるという、正々堂々とした態度を、主人公っぽさを増す燃料にできる。


「俺様の名はギンガ! 異形の救世主ギンガ様よ!」


 異形の……ゾンビの救世主? いや違う。

 なにか特殊な力を手に入れたのだろう。そして救世主。

 異形と救世主。この相反するところがなんともかっこいい。

 まずいな。これは相当主人公っぽいぞ。


「負けねえ! この俺様の覚悟が、ヒロインが力をくれる!」


 ギンガの体が光り始める。まずい。ふしぎなことが始まる。

 なんとか俺にもふしぎなことをおこさなければ。


「そうか、だがギンガ。俺も負けるわけにはいかない! ヒロイン達が! 俺の帰りを待っているんだ!」


 ここでヒロイン達に目で合図。

 モニター越しに見ているみんな。どうか気付いてくれ。


『アキト、負けないで!!』


『帰ってくるって約束したじゃない! さっさと勝ちなさいよバカアキト!』


『アキト様あああぁぁぁ!!』


 ヒロイン全員の魂のこもった応援が届く。

 覚醒イベントとしては相当に燃える展開である。

 これで俺の体も光に包まれた。


『ふたりに ふしぎなことが おこった』


 よし、主人公補正発動。

 これにより、俺の中の光の勇者としての力が何百倍にも上がる。


「さて、ここからだな」


「俺様は……負けねえ! たとえどんな体になろうとも、守るものは変わらねえんだよ!」


 ギンガの黒く大きく膨れ上がった右腕が伸びてくる。

 所々に骨のような刃のようなものが生えているのは、異形だからか。


「うおぉ!? こいつ……自分の腕を!」


 横っ飛びで回避。俺がいた地面は大きく抉れ、土煙を巻き起こす。


「俺様はなあ……改良に改良を加えた最強のウイルスに、たった一人だけ適合した、異形の力を身につけた男なんだよ!!」


 なんて……なんて主人公っぽいんだ!

 たった一人という特別感。その力でヒロインを守るという言動。

 負けている。今の俺は自力であいつに負けている。


「ふははははは! どうだ! これがパニックホラーの! デスゲームの恐ろしさだ!」


「いいや、お前の負けだ」


 だが、肝心なことを見落としている。いや、目を反らしているのだろう。


「ナニイ!?」


「お前の弱点は、パニックホラーという現代社会から来たことだ」


「それがどうしたァ!」


「ゾンビサバイバルの主人公ってのはな、バトル漫画みたいに急激で理不尽なパワーアップができないんだよ。それをやっちまうと、ゾンビがザコになり、ホラーじゃなくなっちまうからな」


「ぐうゥ!?」


「だから所詮できて未知のウイルスでの強化……そんなレベルだよ。何度も『ふしぎなこと』は起こせない!」


 俺の中にある気力を全開で放出する。

 その光の気にあてられたゾンビは、この世界から消滅していく。


「なんだこの力はぁ! てめえ、てめえまさか!?」


「そうさ、俺のいた世界は……異世界ハイパーバトルものさ! 超インフレの激しいなんでもありのなあ!!」


「だからって、俺様が負けるはずがねえ! 主人公補正の強い方が勝つ!」


 こいつの言うことはもっともだ。いくら強くなろうが、主人公は負けない。

 作品が終わるからだ。補正で超パワーに追いつくことも、そいつの原作設定とノリ次第だができるはず。だが甘い。


「だからこそ、今のお前は負けるんだ。さっきから右腕しか異形化していないな?」


「くっ、クソがあぁあ!!」


 おそらく右腕を変化させた時点で気づいたんだろう。

 少し、ほんの少し遅かったな。


「そう、全身を化物にすることもできるんだろう。だが今の、俺が光の勇者であると判明し、バトルものの流れを作った今! その姿になったお前は主人公ではない。俺に倒されるべきモンスターになるのさ!」


「チ、チクショオオオォォォ!!」


 俺の原作に感謝だな。ゾンビものや、ダークな主人公ととにかく相性がいい。

 そういったものを打ち破るヒーローとして描かれたからだ。


「全身……全身変化させなければいいんだよ! 喰らえ!!」


 両腕を異形化させ、何倍にも膨れ上がらせて伸ばしてくる。

 その悪あがきは悪党のそれだぜ。

 両腕を掴んでしっかりと握る。これで戻せないだろう。


「かかったな! 俺様のウイルスは腕から撃ち出せるんだよ!!」


 スプリンクラーのように腕からぶちまけられる緑色の液体。

 いやな臭いだ。アルコールと生物の体臭が混ざったような気持ち悪さがある。


「お前も俺様が支配するゾンビになりな!」


「ならないさ。なぜなら俺は光の勇者! 光りに包まれている限り、状態異常を受け付けない!」


「こいつ……ここにきてそんな後付け設定を!! できるわけがない!」


「できるさ。ここまでを、圧倒的なノリと勢いで進めてきた俺なら、この程度の後付け設定は……場の雰囲気で許されるのさ!!」


 主人公補正の使い方はこんなのもあるのさ。

 後付け設定。それは物語後半で、突然主人公が有名な血統であると判明する。

 もしくは、なんらかの異能に目覚める展開だ。

 中盤から後半で判明すると、新しい能力が使えてマンネリ防止もできる。


「全てはノリと勢い。主人公っぽいほうが勝つ。それがこの世界のルールだ!」


 俺の両手にたぎる正義の魂よ。今こそ燃え上がれ!

 と、考えると主人公っぽさが上がる。


「くらえ! スーパー正義の光ビイイイイィィィィィム!!」


「クッソオオオォォォォ!! どこで……どこで間違えたああぁぁ!!」


 必殺ビームは避けることができない。

 主人公の最高の一撃を避けることなど、話の展開上絶対に許されてはいないのだ。


『異形の救世主ギンガ、戦闘不能。光の勇者アキト、勝ち抜け決定。百万ポイント取得』


 光が収まると、そこにはもうギンガも廃墟もなく。

 果てなど無いと感じるほどに広い宇宙船の中であった。


「アキト様!」


「アキトー!!」


「アキトさん! 私、私、アキトさんが死んじゃうんじゃないかって、心配で心配で……胸が張り裂けそうでした……」


 俺のヒロイン達が駆け寄ってくる。

 それを優しく抱きとめてやるのも、ヒーローの役目だ。


「安心してくれみんな。俺は負けない。仮に負けても敗者復活戦とか……這い上がる手段は必ずあるよ」


「どうして……どうしてそんなことが言えるのですか?」


 主人公らしい爽やかな笑顔で高らかに宣言してやる。


「なんせ俺は…………この物語の主人公だからな!!」


 続かない。

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