16.蜻蛉漆器

第1話 予言 よげん


 今日の……いや、この忙しさはほぼほぼ毎日の話で、この街は基本的にみんな忙しそうにいる。


 そんなに生き急がなくても……なんて思うのは、俺が今まで経験してきた事が『原因』だろう。


 ここは駅が近くにあるため、朝や夕方は会社の出勤などでたくさんの人が行き来している。


「……はぁ」

「何かあったのか? 最近ため息ばっかりじゃねぇか」


 俺たちの生活もやはり変化があったが、それ以上に亞里亞あいあさんはずっとため息ばかりをついていた。


 やはり、ずっとため息ばかりつかれていると、俺のした事は間違っていたのではないか……と不安になってしまう。


「いえ……ちょっとね」

「……?」


 言っている言葉は否定している。確かに、亞里亞ありあさんの表情も決して明るいモノではなかったが、その含みのある言い方はやはり気になる。


「……」

「おい、そんないい方されると気になんだろ」


「あなたが、私たちの『呪縛じゅばく』ともいえるモノをなくしてくれた事には感謝しているわ」

「はぁ、それがどうしたんだ?」


 ただ言葉には決して出ていなかったが、その話をされてしまうと、やはり俺のやった事は……間違っていたんじゃねぇか……と思ってしまうのだ。


 そう、俺はこの『建物』にあの『絶ち切りはさみ』を突き刺し、その直後俺たちは『とある時代』に飛ばされ、この土地にたどり着いた。


 今では『呪縛じゅばく』ともいえるモノがなくなり、ようやく『寿命じゅみょう』をまっとうし始め、この土地にもようやく慣れ始めたところだ。


 ただ「この『時代』にたどり着いたのは、本当に偶然なのか?」そんな疑問が過ってしまう……。なぜならこの時代は……俺が、戦いに参加し、倒れ亞里亞ありあさんに出会ったのが、この時代なのである。


「……なぜこの時代にたどり着いたのかしら?」


 やはり、亞里亞ありあさんもその事が気になっていた様だ。


「さぁ……? 俺が、人生をまっとうするはずだったところだから……か?」


 だが、俺に聞かれてもそれは分からない。


 でも、この時代にたどり着いたのはやはり何か理由があるのじゃないと思ってしまうのだ。


 ただ言えるのは、俺たちは二度と『時代』を移動する事は出来ない。いや、『時代』は移り変わると思うが、前の様に俺たちが『時代を後戻りする事』や、『先に進む事』は出来なくなった。


 でも、コレが『普通』だ。今まで起きていた事が『異常』なのである。


 だから今、俺たちの目の前に広がっている景色が全てで、これから先の事が『人生』になっていく。


 でも。この人の『先を見据みすえる』才能は依然として消えてないのだが……。


 その才能を使って今では『品モノの販売』だけではなく、『占い』も行っている。


 だが、占い……と言っておきながら、それを通り越した『予言よげん』になっている様に感じる。


それにもちろん、外れる事もある。しかし、本当にすぐ先の『未来』であれば、ほぼほぼ外れる事はない。


 だからこそ、よく当たると噂が広がり、今ではたくさんの人が訪れている。


 ただ、その『予言』を行っている本人は、「なぜこんなに人が来るのだろう?」といつも不思議そうに首を傾げていた。


 でも……実は「なんでこの時代なのか」という事以上に気になる事がある。


 しかし、この事は決して口に出すつもりはない。


 でも、やはり亞里亞ありあさんの前では俺の隠している事なんてすぐにバレてしまうのだろう……と心の中では、よく分かっている。


 だから俺がいくら上手く隠そうが、結局のところ……いずれはバレてしまうはずだ。


 ただバレるにしても、やはり今すぐにバレてしまうのは……正直、恥ずかしい気持ちになってしまう。


 しかしやはり『知りたい』という気持ちも、出てきてしまう矛盾な気持ちもある。


「……あなたが、人生をまっとうするはずだった……って事はあなたが生きるはずだったって事かしら?」

「まぁ、正確にはもっと前なんだけどな」


 そう、今が『この時代』の何年なのかは分からない。だが、俺が戦っていた時の爪痕つめあとは若干残っているものの……少しは『平穏』を取り戻していた。


「そう……」

「……なんだよ。他に聞きてぇ事でもあるのか?」


「いえ……」

「だから……そうやって顔を背けられると気になんだよ」


 やはり亞里亞ありあさんは、何やら言いにくそうに俺から顔を背けていた。だが、あまりにもあからさまに顔を背けられると、やはりいい気持ちはしない。


「……」

「……」


 一瞬の沈黙が流れ、俺たちは顔を見合わせたままだ。


「一つ……あなたに聞きたい事があるのだけれど」


 ようやく決心したのか、亞里亞ありあさんは小さくため息を一つつき、そう尋ねた。


「……なんだ」

「あなた、前に兄様にいさまと会ったって言っていたわよね?」


「ああ」

「そうよね」


 俺は今でもよく覚えており、ようやく手に入れた『寿命じゅみょう』をまっとうしている間も忘れる事はないだろう。


「それが、どうかしたのか?」

「実は……最近、こんなモノを見つけてね」


 そっと俺の前に差し出した『木製の箱』に入っていた『品モノ』は、今まで俺が見た事のないモノだった。


「……なんだ? これ……お椀か?」

「ええ」


 ただ箱を空け、中身を確認すると、それは『漆塗りのお椀』で『金色の蜻蛉とんぼ』の絵が書かれている。


「これがなんだって言うんだ?」


 確か、亞里亞ありあさんは「東西寺院とうざいじいん 一恭かずきよさんの話」を俺に聞いてきたはずだ。


 だが、特に理由もないのにこの『お椀』を亞里亞ありあさんが俺に差し出すはずがない。そういう意味のない事はしないはずだ。


 ……回りくどい言い方はするが。


「コレは、兄様にいさまが『ある人』からもらったモノらしいの」

「はぁ、だからなんだ?」


「その『お椀』をあげた人……もしかしたら、あなたのお父様じゃないかって……思っているのよ」

「……」


「あなた、前に言っていたじゃない、自分は産みの親を知らない……って」

「……言ったな」


「ただ、もしかしたらコレを兄様にいさまに渡した人が……」

「俺の『産みの父親』だって言いてぇのか」


 途中で止まった亞里亞ありあさんの言葉を俺は、あまり気にせずサラリと付け足した。


 亞里亞ありあさんは驚いた表情をしていたが、俺は「産みの親を知らない」という話からなんとなく、この言葉に続くだろう……と察しがついていたからだ。

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