第7話 水量 すいりょう


 違った……?


 なんとなく言いたい事は分かる。


 要するに、その二人は周りの人たちとは違い、一恭かずきよさんと『普通』に接してくれたのだろう。


「俺は、一応『名家の長男』だから、周りの人たちは俺をもてはやししていたよ。俺は、その態度が嫌だった」

「……」


「でも、妹が『才能のある人間』だと分かった瞬間に、周りの人間の態度も変わった」

「……そんなに目に見えて……ですか?」


 普通、そこまで目に見えて態度が変われば、一恭かずきよさんだけではなく、この家の人だけでなく女中の人たちも違和感を覚えるはずだ。


「本人たちにそんなつもりはなかっただろうけど、俺にはもの凄く分かりやすかったよ」

「………」


「まぁ、菊さんは最初に会った時から、なんていうか……『お母さん』って、こういう人なんだろうなって思える人だよ」

「妹さんは……」


「妹は、周りの見る目が変わっている事にいち早く気がついていたはずだけど、それでも俺をたててくれたよ」

「……」


 その表情は、俺が見た中で一番寂しそうだった。


 それは多分。周囲が自分を見る目が変わった事。いや、それ以上に妹や菊さんへの思いがあったのではないだろうか。


「そろそろ暗くなってきたね」

「あっ……。そうですね」


 そう言って、一恭かずきよさんは囲炉裏に火を灯した。


「久しぶりに全く知らない人とおしゃべりが出来て嬉しいよ」

「いえ、本当にお世話になってしまって……ん?」


 俺は、ふと机の近くに置いてあった『水球』に目がいった。


「あっ、あの」

「ん? どうした?」


「先ほど『水球』と呼ばれていたモノなんですけど……」

「うん。これだよね……。あれ? 増えている?」


 口には出していなかったが、一恭かずきよさんが手にした『それ』は、さっき見た時よりも、明らかに水の量が増え、その量は八割ほどに見えた。


 さっき見た時は、半分くらいだったはずだ。


「でも、なんでだ?」

「あの」


 その場で考え込んでいる一恭かずきよさんに声をかけた。


「先ほど、この『水球』は『何か起きる前兆を教えてくれるモノ』だと言っていましたよね?」

「? うん」


「つかぬ事をお伺いしますが……」

「うん。改まって聞かれると変な感じがするけど、何?」


 この人の持っている『水球』が、あの『水玉』の原型になったモノだとしたら……。


 少し前、俺が自分自身であの『少女』に尋ねた事を思い出した。


『あの『水玉みずたま』は単に『ストレス』っていう訳じゃないのよ?』


 そう言っていた。しかし、その時。結局、はぐらかされてしまい、詳しい話は聞けなかったが……。


「これが、水でいっぱいになる事はあるんですか?」

「……」


 一瞬の沈黙が流れたが、すぐに「あるよ」とその人は答えた。


「じゃあやっぱり、この水が溜まるのは『ストレス』が原因……って事じゃないのか」

「? ストレス?」


「あっ、気にしないでください」

「……。まぁ、その『ストレス』って言葉が何かは知らないけど、精神的に負荷がかかるのは事実かな」


「……えっ?」


 一恭かずきよさんが発した言葉に、俺は思わず耳を疑った。それはまさに『寝耳に水』な話だった――。

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