第8話 逃亡 とうぼう


「…………」


「亮一くん、大丈夫?」

「あっ、すみません。あの、精神的に負荷がかかる……とは?」


「ああ、その事ね。えっーっと、つまり……」


 一恭かずきよさん曰く、良くも悪くも『前兆』が分かる。


 しかし、その内容までは分からない……という事は、大きかろうが小さかろうが『精神的』には、負担がかかってしまうという事らしい。


「でも、これだけ水の量が増えているのは母様が亡くなった時以来だねぇ」


 ポツリと、ただその時の事を思い出す様に呟いた言葉に俺は思わず反応した。


「えっ、あの先ほど……」

「さっきまで話に出ていたのは父様だよ」


 確かにそう言ってはいたが、俺はてっきり母親はいるもので、父親には逆らわない人なのかとこの時代なら特に……と解釈していた事が今の俺の誤解に繋がったのだと気がついた。


「ですが、妹さんがいらっしゃると仰っていましたよね……」


 それを考えると……。


「亮一くんが思った通りだよ。でも、亡くなったのは妹が物心をついた頃だね……。まぁ、だから妹もちょっとは覚えている」


 その時、少し言葉と言葉の間に沈黙があったのは……、その頃の事を思い返していたからだろう。


「……妹さんはおいくつなんですか?」

「そうだね……。俺の三歳年下だよ」


「あの、それだけ聞いても分かりませんよ」

「えっ?」


「いや、そもそも俺は一恭かずきよさんの年齢も知らないので」

「……そうだっけ?」


「そうですよ」

「でも、俺と亮一くんの年はそんなに変わらないから、亮一くんから三歳引いて考えてよ」


「……そんな感じでいいんですか」

「いいんだよ」


 正直「そんな雑でいいのか?」と考えた始めたところで、無駄だという事に気がついた。


 そもそも俺は『時代』を行ったり来たりしている。しかも、何度も繰り返している内に、だんだん自分の年齢に無頓着になってしまっていたのだ。


「父様が変わったのも、母様が亡くなってからで、妹の『才能が開花』し始めていたのもその頃だったなぁ」

「それまでは何事もなかったんですか?」


「そうだね。普通に……優しかったよ」

「……」


 さっきの話から察するに、一恭かずきよさんは今もまだ『絶賛家出中』になるのだろう。


 いや、話を聞いていると『家出』じゃなくて『逃走』になる様に感じる。手段や方法までは言われていないから分からないが…………。


 今は何事もなく平然と話しているので完全に忘れてしまっていたが、一恭かずきよさんは最初、俺をかなり警戒していた。


 それに、今の「殺されそうになっていた」という話にあの水でいっぱいになっている『水球』の状態と条件を合わせて考えると……。


「あっ」


 俺は今までの『部品』が全てキレイにはまったような感覚になった。


「どうかした? 突然黙り込んで……」

「やばいですよ。一恭かずきよさん」


「えっ?」

「とっ、とりあえずここから離れないと!」


「なっ、何? どうしたんだよ」

「早くしないと、見つかってしまうかも……いや」


「えっ」

「……もう遅いかも」


 俺がそう言った瞬間。扉が「バンッ」と大きな音をたて、何者かによって開かれた――。

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