第5話 告白 こくはく


「そっか。君、亮一りょういちって言うんだ」

「はい」


「そっか……」


 もう一度噛みしめる様に、呟いた一恭かずきよさんの姿を見た。


 それでも言葉が続かないのは……やはりまだ一恭かずきよさんの中で折り合いがついていないからだろう。


 気持ちは分からなくもないけど……それでも、俺としては早くここから抜け出したい。そして、あの人に色々と問い詰めてやりたい気持ちでいっぱいだった。


「……そんなに焦らなくても……と言いたいところだけど、やっぱり君は好き好んでここに来たわけじゃないんだね」

「……」


「確か、同居人の人に睡眠薬の様なモノを嗅がされた……とか」

「……はい」


 さすがに「睡眠作用のある花を嗅がされた」と言う事はしなかった。


 いくら不意打ちで『風鈴華』に似た作用のある物とは言え、話をややこしくさせる様な事はしたくなかったのだ。


 そもそも、あんな花が存在しているのか……それすら知らない。


「そっか。俺も出来ればこんな時代から抜け出して……は、出来ないね」

「それは……」


 俺としては、すぐさま「そうだろう」と言いたい気持ちになった。


 なぜなら、俺は生きているのか死んでいるのか分からない存在。そんな怪しい『どっちつかずの人間』だからである。


 一定の時代を行ったり来たりしているんだから、寿命もへたくれもない。


 だが、俺がそんな事を言えなかったのは、一恭かずきよさんの寂しそうな表情を見たからだろう。


 でも、なんでこの人。こんな寂しそうな顔をしているのだろうか……。これじゃあまるで俺一人だけ行くわけにはいかない……そう言っている様に感じた。


「それは……、例えば俺があなたと共に別の時代に行くことが出来ます……と言ったとしても……ですか?」

「えっ?」


 そこまで言って俺は、今。自分の発言した内容に自分で驚いていた。いつもの俺であれば、そんな事は言うはずがない。


「いえ、あの。そういった事は出来ないのですが、例え話です。例えば」


 慌てて先ほどの言葉を打ち消す様に、言葉を畳みかけて一恭かずきよさんの誤解を解こうとした。


「分かっていますよ。例えばという話だという事は」

「あっ、そうですか」


 ただ……なんだろう。それはそれでなんかむなしいというか、寂しいという気持ちになる。


「でも、たとえそれが出来たとしても、俺は一人で行くことは出来ません」

「……それはなぜ?」


 そこまで尋ねると、またもや一恭かずきよさんの顔に暗い影が落ちた。


「……俺は、妹と菊さんを置いて行くわけにはいかないんです」

「妹さんがいらっしゃったんですね」


「うん」


 やっぱり……。


 特に疑問を持つ事もなく、ただ俺の言葉に頷いた一恭かずきよさんを見て、俺は骨董店こっとうてんのあの人を思い出した。


「あの、もう一人の『菊さん』とは……?」


 しかし、その『妹さん』について俺は深く追求する事が出来なかった。なぜなら、俺は『あの人の名前』を知らないからである。


 しかも、服装や髪型も時代によってあの人は変化するが……、髪型はほとんど変わらない。


 それでも、たったそれだけの薄っぺらい情報だけで俺と一恭かずきよさんが同じ人物を連想出来るとは思えそうにないが……。


 ここは、なぜその二人を置いて行くわけにはいかないのか……。その理由は大体想像がつくが、ここは聞くのが『筋』というモノだろう。


 でも、そのためにはその『菊さん』という人がどんな人なのか聞いておかなければならない……というそんな思惑があった。


「菊さんというのは……俺の家で働いていた『女中じょちゅう』の人です」

女中じょちゅう……ですか」


 一応『女中』という言葉には聞いた事はあった。


 確か、お手伝いさんや家政婦という言葉が出来るより前の……住み込みで働き、接客や炊事などを行う女性だったはずだ。


 でも、その女中じょちゅうの中でも明確な区別があったとか……残念ながら、俺はそんな人たちがいる様な家で育っていない為、詳しくは知らなかった。


「はい。そして、俺の家出を手伝ってくれた人でもあります」

「……なるほど。それで一恭かずきよさんはその二人を置いてはいけない……と」


「……はい」

「でも、それならなぜ『あなただけ』家を出たのですか?」


 そこまで言うのであれば、三人で逃げれば良かったはずだ。


「それは……」

「それは?」


 ここでもやはり、一恭かずきよさんは言葉を詰まらせた。どうやら、この人は言いにく事があるとすぐに言葉を詰まらせる。そんな人の様だ。


「あのまま……あの家にいたら俺は……いずれ殺されていたでしょう」

「……はっ?」


 一恭かずきよさんの突然の言葉に、俺は思わずついさっきまで使っていた敬語も忘れて、キョトンとした間抜けな顔でそう言うのが精いっぱいの状態だった。

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