第4話 家出 いえで
「そもそも俺は……君が想像していた通りかどうかは分からないけど、『名家』と呼ばれる様な家に生まれたんだよ」
「俺が想像していた通り……ということは、俺が疑問に思っていた事は気づかれていたんですか」
「なんとなくね」
「……」
「だって君、何度も俺の着物を見るもんだから。さすがにさ」
「……そんなに何度も見ていましたか?」
しかし、俺としてはそんな事を言われても、自覚症状なんてモノも何もない。要するに『無意識』だった。
「君は無意識だったかも知れないけど、かなり分かりやすかったよ」
そう言うと今度は、小さく「ククク……」と笑った。
「でもまぁ、君は服装だけじゃなく、そもそも『外国人』と知り合いっていうところでも何か引っ掛かりを覚えたみたいだけど?」
「……はい」
そもそも俺が不思議に思ったのは、その話を聞いたのが理由だったのだが、当然そんな事を言うつもりはない。
「そうだろうね。普通、このご時世で『外国の人』と知り合おうと思ったら貿易の関係者か、お偉いさんくらいだろうから」
「……それで、あなたはなぜこんなところにいらっしゃるのですか?」
「まぁまぁ、そんなに急がないで」
「……」
いや、俺としては早くして欲しいだなのだけれど……。
気がつけば空の色も変化し、もう夕方になっている。ここまで来るのに時間がかかっている様には感じたが、あからさまな変化はさすがにいくら鈍感なヤツでも気がつくはずだ。
「でもまぁ、そうだね。俺がどうしてこんなところにいるのか。まぁ、その理由は……簡単に言うと『家出』だね」
「家出……ですか」
「そう、家出」
「……」
俺が言った言葉を受け、その人はもう一度言葉を繰り返した。どうやら……いつの時代も、若い人の抗議の行動は『家出』の様だ。
俺はついこの間出会った少年を思い出した。
俺の記憶が正しければ、この人よりは少し若かったが、その少年もこの人と同じ……いや、あの少年は『家出』にすらなっていなかったかも知れない。
少なくともこの人の様に『空き家』に勝手に住むような行動力のある様なヤツには見えなかったが……。
もう一度あの時の事を思い出していた時、ふとこの人の言葉を思い出した。
「……あの、一つお聞きしてもいいですか?」
「ん? 何?」
「あなたは名家の生まれだと言いましたよね?」
「……言ったね」
「その家の名前は……」
「あっ、そっか。君、ここら辺の出身どころかこの時代の人間じゃないんだもんね」
「……」
だから、それはあんたが俺の話を信じるか……いや、信じてもらわくちゃいけない。
思い出したように言ったその言葉に、俺はすぐに内心ツッコミをしていたが、すぐにこの人が今、「君はここら辺の出身じゃない」って言っていた事が気がついた。
それはつまり、この人の家は『ここら辺』の人たちに影響力があるという事になるのだろう。
「確かに俺は、この周辺の人間でもなければこの時代の人間ですらありません」「そう……だよね」
「そこまで気にされる……という事は、俺がその家の人だと思っているからですか?」
「……気を悪くしたら……って思っていたけど、それにも気がついていたんだね」
「あなたがあまりにも、同じ事を繰り返されるものですから」
「そうだよね。不自然だよね。ごめん」
「いえ、そう思われても仕方がありません。俺はあなたから見れば、信用出来る人間ではないでしょうから」
「でも、俺の家の名前すら知らないのだから、その心配もない……ね」
「あなたの家はそこまで……えっと、厳しいのですか?」
正直、この時俺はどう説明すればいいのか分からず、ほんの一瞬。言葉に詰まった。
「そうだね。俺の名前は『
「……」
この時代がいつかは分からないが、少なくとも『苗字』がある……という時点で
「俺の家の『
「呉服店ですか」
「そうなんだよ」
「……」
俺は想像していた回答とは全く違った事に思わず黙った。
「そういえば、君の名前を聞いていなかったね」
「えっ」
「俺も教えたんだから、君も言うのが筋ってもんだろ?」
「そうですね」
それは確かに、この人の言うとおりである。
「俺の名前は……
育ての親がなぜ『兄』がいるのに、俺に『二』を使わずわざわざ『一』と付けたのかは分からない。
生みの親が手紙か何かを置いていたのか……とか何か分かっていれば、話は別なのかも知れないが、今まで俺は自分の名前について何も考えて来なかった。それに、今更聞こうにもどうする事も出来ない。
しかし、俺は今まで考えてこなかった自分の名前についてふと考えていた……。
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