第10話 着物 きもの


「……」


 私は、樹利亜じゅりあさんから『手紙』を受け取ったが、私は封を切ることが出来ずにいた……。


 いきなりこんな手紙を渡されても……正直、どうすればいいのか分からない。


 それに私は今まで父の記憶がほとんどない。今でも思い出せるのは、私に背を向けて机に向かっている姿だけだ。


「でも……」


 その顔は決して『必死な形相ぎょうそう』ではなく、いつもどこか楽しげで、まるで『子供が机に向かって絵を描いている』そんな感じだった。


 そんな父の姿を見て、「私も!」なんて、見よう見まねではあるが、父の真似事をよくしていたものだ。



 しかし、そんな真似事が今でも続いている事に、自分自身でも正直驚いている。


 でも、私は、一体何のために描いているのだろう……と今までそんな事を考えてきたことはなかった。いや、考える必要がなかった……と言った方が正しい。


「……確か、この買った紙の束は……」


 チラッと見たのは『願い』を叶えられるモノだ。


 でも、私は、私がデザインした着物を着てもらって、ゆくゆくは『仕事』にしたい……と思っていた。


「……」


 あの『骨董店こっとうてん』でコレを購入した時……。


『……『対価』と言ってもコレに書くときに、その『交換する願い事』を思い浮かべればイイだけ』


 確かに、そう言っていたはずだ。


 でも、コレを『対価』にするのは……内容を考えると、やはり躊躇ためらってしまう。


「……」


 しかし、私は『父の手紙』を読んだ後、すぐに『購入した紙の束』に『願い』を書いた――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「…………」


 俺は、部屋の電気もつけず暗い部屋にいた。


 しかし、廊下に電気が点いていたので、全く何も見えないという事は訳でない。


「お父様? どうされたのですか、こんなところで……」


 俺を『お父様』と呼んだ少女は、キョロキョロと辺りを見渡しながらなぜ俺が電気もつけず、こんなところにいるのか不思議に思っている様子だった。


 ――無理もない。


 普通、大体の人は『夜』であれば、電気をつけなくては探し物もしにくいだろう。


「……恵美里亜えみりあか」


 しかし俺は不思議そうに尋ねた彼女の質問には答えず、顔は前を向いたまま目の前にある箪笥たんすに仕舞われていた『あるモノ』を見ていた。


 俺が『恵美里亜えみりあ』と呼んだ黒く長い髪が特徴の少女は、俺の大事な一人娘である。


「あっ、あの……」

「ああ、悪い。電気をつけないと……」


「いっ、いえ、そうではなく。なぜこんなところに」

「コレを……探していた」


 そう言って俺は、箪笥たんすに入っていた『あるモノ』を取り出し、それを恵美里亜えみりあの前に出して見せた。


「お父様、コレは……」


 恵美里亜えみりあは、その綺麗さに思わず息をのんだ。俺が取り出したもの……それは『一着の着物』だった。


「俺がまだ生まれる前……ここで着物のデザインをしていた人が、一からデザインを作って、最初に出来上がったモノだ」

「そっ、そうなんですか」


 俺の言葉に恵美里亜えみりあは、驚いた様に言った。でも、実は俺もこれを作った人の事についてあまり知らない。


 俺の知っている事はせいぜい昔、『出稼ぎ』っていう事で俺の家にいた……というくらいだ。


 この『着物』には、白地に濃い紫色の『撫子なでしこ』の花が描かれており、恵美里亜えみりあは、珍しい……という表情をした。


「……そんなに珍しいか? 白地は」

「あっ、いえ。ただ、私の持っているモノで白地のモノがあまりないだけですので……」


「……そうか」


 確かに、俺は恵美里亜えみりあが白地の着物を着ている姿を見たことがない。


 俺が知る限り、恵美里亜えみりあは、いつも濃い色の生地のモノを着ていることが多かったはずだ。


 コレをデザインした人は、瞬く間に話題になり、着物を『デザイン』する仕事に就いたらしい。


 しかし、母さんが退職するタイミングで、その人も仕事を後輩に任せて一緒に退職した。


 名前は確か『雪榮ゆきえさん』だったはずだ。


 ちなみに退職後、その雪榮ゆきえさんはご実家に戻られた……と聞いている。


 そして、コレは「いつかこの家に女の子が生まれて、その子が大きくなった時に……」と、半ば強引に渡されたモノらしい。


 母さんが「恵美里亜えみりあもお年頃だろうから……」って、言うからとりあえず出してみたが……一応、虫食いとかは……なさそうだ。


 着物を一通り見て、虫食いなど無い事を確認した。しかし、問題はコレを着る人間が興味を示すか……という問題があった。


 しかし、その問題は……どうやら杞憂の様だ。


 チラッと見た彼女は、普段は着ることのない着物に興味があるらしく、俺の方をチラチラと様子をうかがっていた。


「…………」


 そういうところを見ると「やはり女の子なんだな……」なんていう失礼な事思ってしまう。


 ただ、やはり恵美里亜えみりあの年頃の女の子には自分から「着させて欲しいなどと言うのは『恥ずかしい』と思ってしまうらしく、なかなか勇気のいる事らしい。


恵美里亜えみりあ……」

「はい」


 だから、俺はあえてこちらから『助け舟』を出すことにした。


「コレ……着てみるか?」

「えっ、いいんですか? 売り物なのでは……」


「それは気にするな。着物は見るのもいいが、元々着るためのモノだからな」

「ですが……」


「それに、コレは、恵美里亜えみりあが生まれた時の祝いとしてもらったモノだ。だから、お前に着てもらわなくては困る」

「……」


 俺がそこまで言うと、ようやく恵美里亜えみりあは「じゃあ……」と言って俺から着物を受け取り、きちんと受け取ったのを確認した後、俺は恵美里亜えみりあの後ろについて行き、そのまま部屋の扉をゆっくりと閉めた……。

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