第9話 変化 へんか


 あのデザインを見た時……香苗かなえさんは、「やっぱり、あの人の子供なんだな……」と言って悲しそうな表情で笑っていた。


 でも、それは私も思った。


 しかも、そのデザインをする……という事を今でも続けている。それは、とてもすごい事だと感心してしまう。


 いや、本人としてはただ好きなだけなのかも知れない。


「しかし……まさか、香苗かなえさんから田村さんが最後に残した手紙を私に渡す様に手紙がくるとは……」


 そう、雪榮ゆきえさんに先ほど渡した手紙は、最初に出会った時に香苗かなえさんに渡したものだったのだ。


 でも、その手紙ががついこの間、私の元に届いたのだ。


「自分から渡しにくいっていうのは、分からなくもないんですけど……」


 手紙を手にした私は誰も聞いていないとしても、そう言いたくなってしまい、思わず声に出してしまっていた。


 たとえ、自分から渡すのは……と思っていたとしても、こういう手紙は香苗かなえさんからやはり渡して欲しいかった。


 しかし、香苗かなえさんとしても当然思うところ……いや、葛藤かっとうというモノがあったのだろう。


「それに……」


 多分、雪榮ゆきえさんは香苗かなえさんが『出稼ぎ』として私の家に連れて来た…と思っているはずだ。


 それは、私の家に来た時の表情で何となく分かる。


「…………」


 しかし、雪榮ゆきえさんがここに来るのは、実は、かなり前から……いえ、あの時に決まっていた。


 そもそもそうなったのは、香苗かなえさんが「雪榮ゆきえの願いを叶えるには、あなたの元で働くべきだと思うのです」と切り出してきたことがキッカケだ。


 確かに、私の会社で勉強をすれば……多少は、力になる。


 しかし、それを考えたとしても、やはりこの時の雪榮ゆきえさんは『出稼ぎ』をさせるにはあまりにも『幼かった』のだ。


 でもまさか雪榮ゆきえさんの願いが変わっていなかったとは思っていなかったが、香苗さんからの手紙からもう一度『出稼ぎ』の話が出てきた時、驚きと共にその提案にのることを決めた。


 私はずっと幼い頃の子供の『夢』や『願い』は変わりやすい……と思っていたが、あの部屋に入ったときに見た『大量の紙』を見た時、私はそんな自分の考えを改めようと思った。


 なぜなら、雪榮ゆきえさんはあの頃からずっと変わっていなかったのだ。


「私にも……」


 そこまで熱中出来るモノがあれば……。


「あっ、そういえば……」


 ここ最近、社員たちの間で『とある骨董店こっとうてん』の名前が話題になっていた。


 私もそのお店の存在は私も知っていたが、行ったことがない。


 しかし、先ほど雪榮ゆきえさんの部屋に入ったとき、妙な『紙の束』が置いてあった。


 そして、社員たちの噂の話をかんがみて……私は、ここ最近の雪榮ゆきえさんの行動を思い返してみた――。


「…………」


 ――いざ、思い返してみると、たった一日だけ、いつもの雪榮ゆきえさんとは違う事をしていた日があった。


 それは『外出』だ。


 確か、雪榮ゆきえさんはあまり外出をしなかったはず……。


 詳しい理由は知らないが、なぜか雪榮ゆきえさんはここではあまり外に出たがらない。


 だが、なぜか珍しく『外出』をした日があった。しかも、帰宅をした時間もかなり遅かった。


 しかも、あの日は雪榮ゆきえさんが珍しい事をしたからなのかは知らないけど、外では突然雨が降ったり、雨上がりに綺麗な虹が出たり……と落ち着きのない天気だったはずだ。


 そして、その日からあの『紙の束』を雪榮ゆきえさんの部屋に置かれているのをよく見かける。


「……でも」


 あの『紙の束』は、なぜか使われたような形跡が一切ない。


 それは、どこか雪榮ゆきえさんの迷いを表しているように、感じられてしまうほどの違和感を私に与えた。


 社員たちの噂話の通りであれば、雪榮ゆきえさんの部屋にあった『紙の束』も多分、そのお店で購入したモノだろう。


 そういえば、社員たちはこうとも言っていた。


『あのお店で買ったモノは、その人の人生すら変えてしまうことがある』


 しかし、コレは何も根拠がない。


 しかも、どちらかと言うとコレは『おまじない』や『占い』に近いモノであることはすぐに分かる。現実的な話として考えると、あまりに『非現実的』な話である。


 ――だが、私には少しだけこういった感覚に似たことを体験した人を知っている。


 それは主人。『永習えいしゅう』さんだ。


 あの時も、私が永習さんの営む『古書店こしょてん』に通っていた時、店内に置いてあった『行灯あんどん』が、災害で亡くなったはずの妹さんに出会わせた。


 夢の中ではあったけど……。


 私は未だに信じられないが、彼の言っている事が嘘とも思えない……なんて前例があるため、今回の雪榮ゆきえさんの事もただの『勘違い』や『思い込み』とは簡単に言えない。


「まぁ……でも」


 しかし、私がなんと言おうと、使うかどうかは彼女の気持ち次第であることには変わりない。


「もし、使って何かが変わったとしても……」


 彼女は、きっと『根本的なところ』は変わらないだろう。


 それは、私が亡くなった彼女の父『田村たむら 匡幸ただゆき』のデザインを見た時から、ずっと感じている。


『このデザインの着物を着て、みんなに笑顔になって欲しい……』


 そんな作り手が着る人に対する『気持ち』が、匡幸ただゆきさんや雪榮ゆきえさんのデザインにはあふれていた。


 その気持ちがあれば……あの子は大丈夫。


 今はまだつたないが、実力が気持ちに追いついた時、彼女は実の父を追いつき、追い越せるかも知れない。


 でも、しばらくは元気がないだろう。しかし、雪榮ゆきえさんはきっとそれも乗り越えられる。


 そして、これから彼女が生み出すであろう様々なデザインが、私は今からとても楽しみだった……。

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