第4話 存在 そんざい


「……」


 俺自身、この『葛風呂敷くずふろしき』の存在は知っていたが、見た事があったのは一度か二度か……その程度だった。


 そういえば『少女』が、かなり前に『店内に置ききれない商品』をまとめていたコトがあったが、その時に「二階の物置に置いておくね」とついでに言っていた様な……。


「…………」

「あの……えっと」


 ひたいに手を当てながら、思い出そうと考え込んだのがあまり良くなかったかも知れない。


 それが逆にこの子を困惑こんわくさせてしまった。


 先程からこの『座敷童ざしきわらし』を見ていると、なかなかリアクションは良い方だ。


「あー、こっちの話だから気にするな」

「えっ、あっ……ごめんなさい」


「いや、謝らなくてもいい」

「ごめんさない」


「…………」


 でもやはり……、この子は俺に対して萎縮いしゅくし過ぎている様に見える……というより、萎縮いしゅくしている。


 まぁ、それは――正直どうでもいい。


 俺としてはとりあえず、この『座敷童ざしきわらし』が来た理由が知りたいのだが、先程からこの子がどうも俺に対しての信頼的な評価は多分……低い。


 下手な聞き方をすれば、最終的には泣かせてしまうかもだろう。


 もし、大きな声で泣き出し、そんな子供の泣き声を聞いて、今は寝ているはずの『あの少女』がここに来てしまう……なんて最悪の結果になるな。


 そして、しばらくの間は、からかいのネタにされる。


 その間俺はその間肩身かたみせまい思いをしなくてはいけない。そんなイレギュラーな出来事は、ただただ面倒だ。


「……」

「あの……ごめんなさい。私が……こんな事をしてしまったから……」


 どうやら、この子はようやく今の状況を起こしてしまったのは、自分のせいだと気がついた様だ。


「まぁ、確かにそうだな」

「っ!」


「でも、俺が聞きたいのは……なんで君が、この品を盗もうとしたのか……その理由が、俺には分からない」

「そっ、それは……」


 俺が素直に「分からない」と言ったことに、どうやらこの『座敷童ざしきわらし』は困ってしまっていた。


「…………」

「…………」


「私は……ただ『あの人たち』の役に立ちたくて」

「ん?『あの人たち』?」


 ここにきてようやく核心的な話が出来たが、このリアクションを見る限り、この子が言う『あの人たち』はどうやらかなり大事な人様だ。


 それにこの子が『人』という表現を聞く限り、この子の言う『あの人たち』は、多分この子より『年上』なのだろう。


 だが、分かった事は『あの人たちの年齢』と『役に立ちたい』という事ぐらいでだ。


 でも、ただ『風呂敷ふろしきを使う人』または『欲しい人』はたくさんいるだろう。


 確かに、この『時代』の物を包むと言えば、『風呂敷ふろしき』を使うのが当たり前で使い勝手がいい。


 しかし、『役に立ちたい』と言ったところと『葛風呂敷くずふろしき』をろうとした事を考慮こうりょすると、どうやらこの子は元々『葛風呂敷くずふろしき』の存在を知っていた……という事になる。


 でも、そうなると一体誰がこの『座敷童ざしきわらし』とはいえ、小さな女の子にこんな事をさせたのか……今度は、この子が言った『あの人たち』の存在が気になるものだ。


 あの人たち……。


 今さら思い返してみると、俺の生きてきた人生でこの子供のように『役に立ちたい』というただその素直な気持ちのみで、行動をした事はなかった。


 いや、そもそも『純粋な気持ち』でいた事があったのか……それすら怪しい。


「…………」

「あの、どうかしたの?」


「ん? いや、なんでもないが……ところで、その『人』の事を随分大切に思っているな……と」

「私が何かを思うなんて……」


「??」

「あの人は、私の存在なんて気がついていないと思います」


「…………」


「だって、私は……」

「自分が……座敷童ざしきわらしだから……か?」


「!」

「……やっぱりか……」


 むしろ、俺は今更だと思ってしまった。


「だとしてもまぁ……俺は、君の姿を見た時から『座敷童ざしきわらし』だと思っていたよ」

「姿……。そうですね、私は色々な場所で色々な言い伝えがある……と聞いていたから」


 色々な言い伝えがあったとしても、俺は今の様に普通に会話をしている。


 でも、実はそれ自体珍しい話で、俺はすっかり忘れてしまったが、この子の姿は『普通の人』には見えないのだ。


「あの人には見えなくても、話せなくても……。今、お兄さんとは話せている……人と話すの……本当に久しぶりで嬉しい」


 この子は、笑顔で言っていたが……その顔はどこか寂しげだった。


『あの人たちに私の姿が見えなくても、たとえ話せなくても……』


「……君は、この『くず風呂敷ふろしき』を何に使うつもりだったんだ? まさか、かぶ……」

「被らない。私は、これに『薬』を入れて渡したくて……」


「薬?」


「実は『あの人たち』のご両親は重い病気ですでに亡くなっていて……。そうしていたら…………」

「あの人たちの誰かが『病気』にかかっちまった……って訳か」


「…………」

「これにその病気に効く『薬』を入れて、さらに効力こうりょくを上げようと考えたのか」


 少女の言っている事は、筋も通っているし、理解も出来る。


 それにしても、この時代の『重い病気』といえば……有名なのはやはり『あの病気』だろう。


 その『やまい』によって、日本人なら知らぬ者はいない。


 他にも著名人など色々な人が亡くなっている。


 だが、この時代では、『流行病はやりやまい』だった上に『不治ふちやまい』とまで言われた存在だと……つまり、それが『結核』と呼ばれたモノだと推測した。

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