第2話 祖父 そふ


 そんな父と母の話をコソッと美紀子さんから教えてもらって1週間くらいたったある日……。


「あれ?」

「どうかされましたか、お嬢様」


「なんでこんなところに『車』があるの?」


 私が、何気なくふと目をやった窓の先には……身に覚えのない『自動車』が1台あった。


 昨日の夜、見たときにはなかったはずだ。それに、父は『自動車』に乗らない。


「旦那様……ではありませんよね?」

「うん。お父様は乗らないし」


「じゃあ、誰が……?」


 その時、一人の『人物』が私の頭の中を過ぎった。


 ただ、その人は自分で来たのではなく、別の人に運転して連れてきてもらったのだろう。


 昔は、自分で運転していたあの人も、失礼ながらもう『ご高齢』である。


 昔は運転できても、今の車のハンドルは力がかなり必要らしく、ご高齢の人に運転するは、難しいのだろう。


 聞いたところによると『運転免許証』も『申請』で通るくらいのモノにしか乗っていなかった……と言っていた時は、そもそも『車』というモノがまだまだ珍しい時ではなかったのだろうか。


恵美里亜えみりあ

「あっ、お爺様」


 そんな事を考えていた時、その『ある人』……である『お爺様』は私の姿に気がついて笑顔で声をかけてきた。


 美紀子みきこさんは、私とお爺さまに気を遣ったのか、すぐにペコッと頭を下げ、その場を立ち去っていった。


「いやぁ、遅くなってしまって悪かったのぉ」

「いえ、わざわざご足労ありがとうございます」


 美紀子みきこさんがいなくなったのを確認すると、お爺様は砕けた口調になった。


 どうやら、お爺様は私の誕生日が祝えなかったと、わざわざ私に会いに仕事を休んでまで来てくれたらしい。


 私が『お爺様』と呼んでいるこの人は、私の祖父だ。名前は……『永習えいしゅう』さんのはずだ。


 でもなぜ、そんな曖昧あいまいなのかというと……私が『お爺様』という呼び方に慣れてしまったせいで、たまに名前を忘れそうになってしまうからである。


「ところで、学校にはもう慣れたかな?」

「あっ、はい。毎日楽しく学んでおります」


 お爺様はいつも『洋服』に身を包み、白い髪に口に髭を蓄えていた。


 そして、いつも笑顔を絶やさず、何事も『学ぶ』という事を重点に置いている……そんな人だ。


「そうかそうか。ワシからは、学校で使う『文房具』一式をけいに渡しておいたから、後でもらうといいじゃろう」

「あっ、ありがとうございます」


 私がお爺様と会うのは、この洋館に引っ越したばかりの頃以来だ。ちなみに、お爺様が『けい』と言ったのは私の父の名前である。


「他にも色々『本』も持って来たんじゃが……」

「あっ。ありがとうございます」


 お爺様はいつも私の知らない事とも知っている。


 そして、いつも来る時は、大量の本を持ってくる……。


 私のお爺様の印象はそんな感じで、『学ぶ』という事に関しては、優しさ中にも厳しさを持った人だとも思っていた。


 誕生日に『文房具』を持ってくる辺り、お爺様らしいとすら思える。


「それで、恵美里亜の部屋はどこじゃ?」

「えっ、私の部屋ですか?」


「そりゃあそうじゃろ。恵美里亜の為に持って来たのじゃから」

「……分かりました」


 さも当然の様に言われた事に驚いたが、まぁ、筋は通っていなくもない。


 それに「部屋に案内してください」と言われれば、誰だってそうするだろう。だから、私はそのままお爺様を連れてゆっくりと自室へと案内した――。


「ほぉー、これこれは」

「…………」


 お爺様は、私の部屋を何やら珍しいモノでも見た様に興味津々の様子で入口に突っ立って見ていた。


「あの、入ってもらって大丈夫ですよ?」


 正直、扉を開けっぱなしにされるのは困る。


「おお! そうじゃな!」


 お爺様は、私にそう言われてようやく気が付いたのか、すぐに扉を閉め、部屋に入り、使用人の人たちは、お爺様が入ったのを確認した後、持って来ていた『本』を空いていた『本棚』に入れていた。


「…………」


 私はなぜ、わざわざこんな時期に『本棚』を新しく買ったんだろうと思っていたが、ようやくその「理由」が分かり、何となくスッキリした気分になった。


「ん? コレは……」

「あっ!」


 お爺様が、『あるモノ』を手に取った姿を見たところで、『お守り袋』に入れていた『石』を綺麗な布と共に机の上に置いていた事を思い出したのだ。


 いつも……とは言わないが、その日は私が部屋にいると時はそうしている。


 しかし、まさかお爺様が来るなんて思っていなかったので、お爺様と話をしている内に、机の上に置いたままだった事すら忘れてしまっていた。


「…………」

「?」


 ただ、お爺様はなぜか一言も言わず……驚いた表情でマジマジとその『石』を観察していた。


 だが、表情は興味津々……とはどこか違う様に見える。


「あの……」

「…………」


「どうかしたされたのですか?」


 あまりにもおかしな雰囲気に私は、尋ねるのも正直、躊躇った。すると永習さんは、『石』のある部分をさした。


「……コレは?」


「もし、この印が指しているモノが同じであるなら……ワシはこの『石』を見た事があるのかもしれん」

「えっ?」


 私はお爺様の言葉に「信じられない」という様子でその『石』をもう一度見た。


 しかし、もしかしたらお爺様……永習はこのような『石』を山などの採掘する現場で偶然見たのかも知れない……。


 確か、お爺様は『古書店』を経営した後、自信で『新聞社』を立ち上げたらしいから、その時の取材などで偶然知る可能性はある。


「あの、コレを……どこで?」


 私は驚きと戸惑いを隠せず、永習さんに色々尋ねた。


「ワシがコレに似たものを……骨董店で見たな」

「骨董店?」


 正直、意外な場所がお爺様から出てきて驚いたが、そもそもそんな場所に行っていた事にも驚いた。


「そこで何か購入されたのですか?」


「いや、ワシは元々あった行灯あんどんを持って行ったんじゃ」

「そう……なんですか」


「あの『骨董店』でコレを買ったとは限らんし、もしコレをあの『骨董店』で買ったとしても、多分。何か理由があって買っていたのかも知れん」

「理由……。そうですね」


 私は、お爺様……永習さんから大量の本と文房具を受け取った後――。


「お母様……今、お時間よろしいでしょか」


 私は、母が一人でいる時を狙って、この『家』で唯一の『和室』を尋ねた。尋ねた理由はもちろん、この『石』についてだ。


「……やっぱり、永習さんから聞いていたのね」


 私が、尋ねた理由を言う前に母は、ふすまを大きく開けて私を和室の中へと案内した。


「あの、申し訳ありません。お母様」

「ん? いいのよ。今日はけいさん……。お父様の帰りが遅くなるらしいから」


「…………」


 いや、そういうつもりで謝ったんじゃない……。


 でも、いつも何かとあまり会話をする機会がない。それは、私の母に対する言葉遣いにも表れている。


 もちろん自分の両親には『敬語』が当たり前。そんな風潮の様なモノもあり、私もそんな風潮に漏れる事はなく……。


 両親や親戚……などの人たちに『敬語』で話していた。だから、実は……私はとても嬉しかった。


「~♪」


 その『嬉しい』という感情は……多分、母も同じなのだろう。


「あっ、立ち話もなんだし座りましょう?」

「そうですね」


 母はそう言って、棚の中から座布団を取り出し、私に勧めた。


 私としては当然、拒否する理由もない。だから私は、母に勧められた座布団の上にチョコンと座った。


「なんだか懐かしいわね」

「……そうですね」


 畳に、座布団……『和室』という場所に入ったのは実は、引っ越しして以来だった。


 そして、私にとって『和室』という部屋はとても懐かしい思い出を思い出せる……そんな場所だ。


「…………」

「…………」


 しかし、座布団に座るとなぜか、母は突然黙ってしまった。しかも、黙りながら自分と私の分の湯呑ゆのみにお茶をれていた。


「その石はね……蛍雪けいせつしずく』って言うのよ」


 そして、顔をうつむかせたまま……小さい声で呟く様に言った。


「あっ、ありがとうございます。えっと、それでコレが……『蛍雪けいせつしずく』ですか?」

「ええ」


「えっと……『蛍雪けいせつこう』なら聞いた事がありますが」


 私は記憶をさかのぼりながら……、一つの『言葉』が私の頭のアンテナの様なモノが引っかかった。


「そうね。似たような言葉なら『蛍雪けいせつこう』よね」


 母は「うんうん」と頷きながら私の言葉に納得したようだった。そもそも『蛍雪の功』とは、苦労して勉学に励んだその成果……とまぁ、ざっくりとした意味はそんな感じだったはずだ。


「あの、それでこの『石』の名前が……」


 私は、お守り袋の中から『会話の話題』になっている『石』を取り出した。


「だから『蛍雪けいせつしずく』よ。うーん、そうね。私があのお店に行った……というか偶然見つけた時の話をしましょうか」

「おっ、お母様の……」


「まぁ、私の昔話なんてつまらないと思うけど」

「いえ、決してそんな事は」


 私自身、母の昔話を聞くなんて機会は今まで一度もない。だから、今の言葉は本心であり、戸惑いも少しある。


「ふふふ。そうね……うーん。どこから話そうかしら……」


 そんな戸惑っている私を見ると母は、小さく笑って、記憶をさかのぼる様に天井を見つめながら、湯呑ゆのみで手を温め、そしてたまにお茶を飲みながらポツポツと話し始めた。

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