6.蛍雪の雫

第1話 洋館 ようかん


 朝は真っ青の雲一つ無い空だった。が、その青空が少し赤くづいてきた……と思っていた頃――。


「たっだいま~!」


 走りながら元気な声とともにその子供は、広い玄関をそのまま走り抜けた。


「おー。お嬢おかえりですかい」

「あっ、森中もりなかさん。ただいま」


 子供の名前は、恵美里亜えみりあ


 この『家』の一人娘だ。今、私に声をかけたのは、この家の庭師である森中もりなかさんだ。


 見た目は、角刈りの頭に目にはしわが横に寄っている。


 だが、口調からも分かる様にあまり頑固一徹の職人という感じじゃない。どちらかというと、『お調子者』と思われそうな口調だ。


 今更その口調を変えて欲しい……という訳ではない。むしろ、突然変わられる方が困る。


 そして、『庭師』というだけあって作業終わりだったのか、竹箒ほうきを肩に担いでいた。


 森中さんの目の横にしわが寄っているって事は、よく笑っている証拠だろう。


 私は、そう思いながら目の前にある『建物』を見上げた。私の目の前にあるこの『建物』は、近所で『洋館』と呼ばれていた。


 そこに私は住んでいる。


 実は、私が学校に通う前は全く別のところに住んでおり、周りの人と何ら変わらない生活をしていた。


 しかし、学校に通う時、ここからの方が学校から近いという話になり、元々『家』が所有していたこの『洋館』に引っ越した。


 ここでの生活は、周りと違う事が嫌で嫌で仕方なかった。だが、今となってはこの『洋館』での生活にもすっかり慣れたものだ。


「おかえりなさいませ。恵美里亜えみりあお嬢様」

「あっ、美紀子みきこさん」


 私が『洋館』の玄関を通ると、この家の『家政婦』である美紀子みきこさんが声をかけてくれた。


 美紀子みきこさんも私たちがここで暮らすようになってから『家政婦』として一緒に生活している。


「今日はお早いお帰りですね」

「はい。今日は授業が早く終わったんです」


 ニコッと笑顔で美紀子みきこさんは尋ねた。美紀子みきこさんの服装は、『和服』ではなく、『洋服』だった。


 美紀子みきこさんは掃除をする為に、長い髪を一つにまとめていた。


「…………」


 私は、いつ見ても美紀子みきこさんの年齢は分からなかった。一応、両親は知っているはずだが、私にはそう言った事を教えてはくれない。


「…………」

「どうかされましたか?」


美紀子みきこさん。とても似合っていますよ。そのお洋服」

「ありがとうございます。奥様がお選びになったんですよ」


「あっ、そうなんですか? それは知らなかった」


 ここ最近、都心部でも田舎でも『洋服』を着ている人の数は、かなり増えてきている。私の通っている学校ではほとんど……どころか、全員が『洋服』を着ていた。


「それでは、お食事の準備が出来ましたらお呼びいたしますね」

「あっ、ありがとうございます」


 立ち話をしてしまっていた私と美紀子みきこさんは、その場でそのまま別れ、私は足早に自分の部屋へと向かった。


 自部屋に入ると、すぐにカバンに入れていた『お守り袋』を探し、その中から『あるモノ』を取り出した。


「…………」


 その『お守り袋』の中には、無色の石が入っている。一見ただの水晶に見えるが、光に当てると……。


「本当に綺麗……」


 その色は『無色』から、青色や緑色……。


 光の当たり方によっては黄色や紫色に変わる。しかし、外に色が付いている訳ではなく中が光っているのだ。


 私は、学校から帰って来て『この石』をすぐに眺めるのがここ最近の日課……というより楽しみになっている。


 ちなみにこれは「恵美里亜えみりあの誕生日だから」と両親が渡してくれたモノだ。


 コレをもらった時の事は……覚えている。


 まぁ、『コレ』をもらったのは、夏の終わりの私の誕生日。つまり、ここ最近の話だ。そう早くは忘れない。


「えっ?」


 しかし、コレを渡された時。私はものすごく驚き、そして……その場で固まった。


「…………」

「えっ、恵美里亜えみりあ?」

「はぁ、固まったな」


 当然、両親も突然私が固まった事に驚いていた。そして、すぐに母は笑い出し、父はため息をついていた。


「はっ!」

「あっ、戻ったわね」

「……戻ったな」


 私は、我に返ると……両親はすぐに言葉を重ねた。


「えっ、でも……あの、コレ」


 そして、私は恐る恐ると両親に尋ねた。なぜなら『コレ』は元々、母の部屋にあったモノだったからだ。


「お母様。なんですか? コレは……」

「ああ、コレは『鉱物』よ」


 母の部屋で初めて見た時、見覚えのない『それ』に真っ先に食いついた。


「えっと『こう……ぶつ』ですか?」

「そうねぇ」


 私が『鉱物』といった聞き慣れない言葉に戸惑っていると、母は「何かいい例えはないかしら?」と考え込んだ。


「えっとね、山で取れる『宝石』かしら」

「ふーん。なるほど『宝石』ですか」


 母の言葉を聞くと私はさらにその『宝石』に興味が湧いた。


 そして、その『興味』は……すぐに『欲求』へと変わった。そして、私はすぐに行動へと移し、母にねだったのだ。


 この話は今から私がここに引っ越したばかりの頃……冬にも関わらず、なぜか雪ではなく大雨が降っていた時だったが、今でも不思議なほどなぜか無性に『コレ』が欲しくて堪らなかった。


「…………」


 しかし、母はそんな「欲しくて堪らない」という気持ちでいっぱいだった私を諭す様に優しく微笑みながら……


「あなたに『コレ』を渡すには、まだ早いから……」


 そう言って、母は『石』をさっさと片付けてしまい、結局……その時、私はもらえなかった――――。


 でも、お母様はなんで『コレ』をくれたのか、その「なぜ」の理由は、今でも分かっていないし、教えてもらっていない。


 そう考え込んでいると……。


「失礼致します。恵美里亜えみりあお嬢様」

「あっ、美紀子みきこさん」


 美紀子みきこさんは、ノックとともにいつもより少し大きめの声で私に声をかけた。しかし、夕食までの時間にはまだ時間がある。


「いえ、間食として『こちら』を渡しに来たのですが……。どうかされたのですか? 考え込んで……」


 美紀子みきこさんはそう言いながら、『みたらし団子』を私の方へと差し出した。そして、すぐに私が持っていた『石』にチラッと視線を向けた。


「あっ、いえ……」

「それは……」


 私は口ごもってしまったが、美紀子みきこさんはどうやらこの『石』に見覚えたがあったらしい。


「あっ、実は『コレ』を誕生日に両親から頂いたんですけど。前に欲しがった時はくれなかったのになんで、今。くれたんだろう……って思って」

「そうですか」


「うーん……」


 気にはなるが、もらっておきながらこんなことを思うのも失礼なようにも感じてしまう。


「あの。恵美里亜えみりあお嬢様。実は」


「?」


 美紀子みきこさんは、私が悩んでいるのを見ていられなかったのだろう。


 しかし、「言ってもいいものだろうか……」という葛藤も美紀子みきこさんの中であった様だ。


「あの前に」


 しかし、美紀子みきこさんはそんな葛藤を振り切り、教えてくれた。


「いえ、美里亜えみりあお嬢様の誕生日の一ヶ月ほど前に、奥様がお嬢様にそろそろ渡してもいいかな……と独り言を言っておりまして」


「お母様が?」

「はい。ああの子もそろそろ自分の道を考えなくてはね。と言っていたのを憶えております」


 そして、普段は父の言うとこには何も逆らわない母が、父を説得していたのだと、美紀子みきこさんは、私にこそっと教えてくれた。

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