第9話 訪問 ほうもん


「……えっ、幸っ? どっ、どうしたの?」


 久は、私の突然の訪問でも家の扉を開けてくれた。ただ、その顔はやはりとても驚いていた。


 当然だろう、私が尋ねたのは、一般家庭では一家団らんが終わり、小さな子供は寝る……そんな時間帯だったのだから。


「ごめん。さっき、久のお母様から電話があって、それでちょっと、聞きたいことがあって……」


「えっ? 電話?」

「ううん、やっぱり何でもない」


「? とりあえず入って」

「うん。ありがとう」


 私はひさに招かれるがまま、家に入った。そして、やけに家の中が静かなことに気が付いた。


「……? あれ?」

「ん?」


「ごっ……、ご家族の方は?」

「ああ。今、父方のご実家にいるよ」


「えっ?」

「実は、ついさっきおばあ様がちょっと体調崩しちゃって……。あっ、じゃあさっきお母様が電話していた相手って、幸だったんだ。納得」


「突然、来て……ごめん。でもご両親と一緒に、行かなくてよかったの?」

「あー、うん。色々、準備があるから」


 そう言った久は無理矢理笑っていた……。そして、久は今でも私が贈った『簪』を付けていた。


 こんな状況が変わった今でも付けてくれている……それは贈った人間として、とっても嬉しかった。


「ねぇ」

「ん……?」


「さっき……聞いたんだけど」

「何を……?」


「後……ううん。一週間後には『嫁ぐ』って本当?」

「やっぱり……、お母様。それを言っていたんだね」


「……」

「実は、私も実家に行くって話だったんだけど、この家で過ごすのも、もう少しだから……ってお父様も気を遣ってくれたみたいで」


 そう説明している久の簪の朝顔は更にしぼみ、顔も曇っていた。それは、決して久は『それ』を望んでいるという訳ではない。そう思えた。


「…………」

「そっか……」


 でも、そんな辛い思いをするなら……そんな話、断ればいいのに……。なんて思ってしまう。しかし、簡単な話ではないのだろう。


 やっぱり、お家柄はここでもある……のだろう。


「でも、樹利亜じゅりあさんには……何も言っていなかったはず」


 私の記憶が正しければ確か、樹利亜さんは「許嫁と思われる人と一緒にいたのを見た」とは言っていたが、詳しい話は聞いていなかったはずだ。


「……あなたの電話の前に、お母様が電話していた」

「樹利亜さんはなんて……?」


「私が決めたことを否定する権利はありません……って」


「……樹利亜さんらしいね」

「そうだね」


 私たちは決してブレない樹利亜さんの言葉に、思わず笑顔になった。しかし、これからはそんな時間はもう……なくなるのだろう。


「でも……久。嫌なら断ってもいいんだよ」

「……ううん」


 久は、私の言った言葉を左右に首を振って拒否した。当然だろう。拒否が出来るのであれば、ご両親がしているはずだ。


「でも、久はまだ……!」

「分かっているよ……。私も、もっと遊びたかった……!」


「だったら……」

「でも……! どうしようもない。私の言葉なんて……思いなんて届かない」


「久……」

「拒否なんてしたら、お父様たちの立場が危うくなる。私の存在は……」


「……私は、幸に守られてばかりだった」


 ふと私は、久と出会ったばかりの頃を思い出した。その頃の久は、泣き虫だった。そんな久といつも一緒にいようと思った。


「あの頃と根本的なところが変わっていないのは……久も……だったんだ」

「…………」


 泣きそうな声で必死に訴える久は、縛られた運命をどうにかしたい。でも、どうする事も出来ない……。あの頃と同じ小さな子供だった。


 しかし、あの頃と違うのは、久が『自分の立場』を理解し、そして『強く』なった。それは、両親を立て続けに亡くし、私に声をかけてくれたあの時に分かった事だ。


 だから私は、次に久から出る言葉がなんとなく分かっていた。


 多分、私の思っている様な答えは聞けない……。久は本当に『強く』なったのだから。でも……望まない事をする必要はない。


 私は袖口に隠していた『それ』を久にはバレない様に探った。『それ』は、本当は使うつもりはなかった。ただの『保険』として持って来ていたモノだった。


「…………」


 樹利亜さんの言っていた「よくない事」それは、多分この事……だろう。でも、こうすれば久は望まない事をする必要はなくなる……。


 私と樹利亜じゅりあさんとの付き合いは、『親友』の久よりあまり長くない。でも、たまに何かを見透かしたか様に『預言』じみた事を言う事があった。


「これは、最初から決まっていた事だから……。後、どれだけ一緒にいられるか正直分からないけど」

「…………」


「久は、本当に強くなったね。でも、大事な事を忘れているのかな……」

「えっ? ごめん。聞こえなかった……」


 しかし、私は久が全ての言葉を言い終わる前に、俯きながら振り絞る様にそう言った。


「久は、ずっと一緒だ……って言ったじゃない」

「えっ? 幸?」


 久は、突然私に言葉を遮られ、驚いた様に振り返った。しかしその瞬間、私は家から持って来ていた『それ』を久に向けた。


「望まない未来なら……ここで終わらせる……」

「ちょっ! 幸!」


 久は私に向かって何かを言おうとしていたが、私はその言葉が何だったかは覚えていない。


――ほら、やっぱり私には『幸せ』なんて、似合わない。


 でも、そう思っていた事は覚えている。その時の光景も……肌寒く、満月の綺麗な……秋の空だったこと……。


 でも、その後の事は、今でもよく覚えていない――――。

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