第8話 許嫁 いいなずけ
「久……どうかした?」
色づいた葉が落ち、それを集めていたある日の朝。
どことなく元気のない
それは、なかなか素晴らしい事だろう。しかし、久の付けていた『簪の花』は……しぼんでいた。
「幸、ごめん。私、もう行かないと」
「あっ、ごめん……。呼び止めちゃって」
ただ……こういう時くらい、頼ってくれてもいいのに……。
そう思ってしまう。でも、分かりきった事実が同時に『自分の無力さ』という形で思い知らされる……。
「…………」
「どうかされましたか?」
「いえ……」
久が去った後、次は樹利亜さんがゆっくりとした足取りで現れた。
「そういえば……久さん。この間『
「え、何。それ……私、聞いていない」
「昨日、
「偶然……」
「はい。私があの古書店に立ち寄ったのは初めてですので、本当に偶然です」
「そう」
なぜ、ほとんど寄り道をしない樹利亜さんがそんな珍しい事をしたのか……。
それも気になったが、実は樹利亜さんは「何事も興味を持ったら、即行動!」という考えを持っている人だ。
見た目は大人しい
「……ですが」
「はい?」
「遠目だった事と夕暮れ時だったのでよくは分かりませんが、久さんはいつもの様な笑顔ではありませんでした。もしかしたら、何も説明されず、突然会わせられたのかもしれません」
「えっ、突然?」
「はい。そういったお話は結構……聞きます」
「そうなんですか?」
「はい。私たちの様な年はそろそろ『結婚』を意識し始めなくてはいけないと……。しかし、久さんの場合は、まだそういった事が意識出来ていない。そう感じたご両親が会わせたのかもしれません」
「そう……」
それは、なんとなく分かった様な気がした。久はそのお家柄からして『
しかし、久の性格や行動を加味しても、「まだ『結婚』なんて……」という雰囲気……しかない。
たぶん、久のご両親もそれは知っていたはずだ。
でも、久は由緒ある家の『
それに、いずれは向き合わなくてはいけない事だ。ちゃんと頭では分かっているはずなのに、私の心の中は、反対の醜い感情ばかり湧き上がっている。
「……そういえば、今更ではありますが、久さんの簪の飾りは朝顔なんですね」
「? はい」
「確か、花や植物などには『花言葉』というモノがあるらしいですね」
「そう……らしいですね」
「私も詳しくはよく分からないのですが……、なぜでしょう。これから幸さんも久さんにとってもあまりよくない事が起きる様な……そんな気がするのです」
「……止めてくださいよ。そんな縁起でもない」
「……すみません。考え過ぎですね。お気になさらないでください」
「……」
樹利亜さんは申し訳なさそうに頭を下げると、そのまま久と同じ方向へと歩いていった。
「……お気になさらないでください……か
樹利亜さんの後ろ姿を見ながら私はもう一度、その言葉を思い出した。
今、
私は、日を追うごとに頭の中ではずっと考える様になっていた――――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ただいま……」
買い物から帰ってきた私は、そう小さく呟き、古びた『民宿』の一室に入った。
「幸ちゃん。コレ食べるかい?」
帰りがけに会った
しかし、その
「…………」
「そういえば、最近久ちゃんを見ていない気がするんじゃが、元気?」
野菜を渡す際、
「そうですね……。元気だと思います」
答えに一瞬戸惑ったが、私はそう言って
『私たち――ずっと一緒だよ』
電気を付けながら私は、写真立てを見た。今でも、久から声をかけられた時のことを鮮明に思い出せる。
当時、両親はまだ生きていた。私たち家族は田舎の村から出てきた。そして、ここの建物を購入し、『民宿』を始めた。
ただ、物心ついて間もない状態だったから、田舎の村から出て来た……という事は憶えていないのだが……。
かなり古いこの『民宿』に、よくここに遊びに来ていたのが、久のご両親だった。当然、幼い久もご両親と一緒によく来ていた。
そんなある日、私と久は同い年だと知った。それと同時に久たちが名家の分家であるという事も知った。
しかし、それ以上に私は、そんな素晴らしいお家柄の人たちがこんな古い『民宿』に来る理由が知りたかった。
ただ、私も『子供の好奇心』から久の両親にその理由を聞たんだけど……。
でも、理由を聞いても「深い理由があるわけじゃないよ。ただ……」といつもここで口をつぐんでしまっていた。
結局まともな理由を聞くことは出来なかった。でも、同い年の友達が出来たのは嬉しかった。しかし、そんな楽しい時間は長くは続かず、私は家族を立て続けに亡くした。
――――『
久のあの時の言葉は、そんな両親の亡骸を前に、悲しみに沈んでいた私を元気づけるために、言ったのかも知れない。
ただ……その言葉はとても嬉しかった。
そして、
ただ私の母さんが、
でも、久のご両親は……。
「この事を君に伝えても何も変わらない。でも、俺たちが君を気にかける理由は……知っておいて欲しい」
ただ樹利亜さん曰く、久は学校にすら来ていないらしい。
それを聞かされると、久は私の知らないところで、私を置いて行ってしまう……。そして、私の事など忘れてしまうだろう……。
なんて錯覚を覚えるほどに、私はその事にショックを受けていた。
「っ!? なっ、何?」
暗闇の中でボーッとしていた私は、突然鳴った電話に思わずビクッとした。
「…………」
この電話を取っていいのだろうか……。知り合いなんてほとんどいない私に、電話をかけてくる人物なんて限られている。
「もしかして……久?」
相手は誰か分からない。でも、電話番号を知っているのは樹利亜さんか久くらいだ。
そして、もし久だった……そして、久が私の思っている『最悪の事』を言われたら……。そんなまだ分からないにも関わらず、なぜか悪い予想が思わず過ぎってしまう。
「はい……」
しかし、この時の私に『電話を取らない』という選択は……なかった――。
「…………」
電話の後、受話器を置いた私は小さく呟き、その場で泣き崩れた。
「やっぱり……私に『幸せ』は似合わない」
自分の名前に……あるのに――。
そして、ひとしきり泣き終わると、私はフラッと辺りを見渡した。もう、その時には多分、私の中では『何か』が……。そう大切な『何か』が壊れていた……今となって、私はそう思っている。
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