第5話 考慮 こうりょ
帰り道、毎晩『夢』に出て来る女性について考えた。いつもその女性は『桜』の木の下にいる。
だが、その理由は、全く分からないまま。
「それに……」
自分からその彼女に声をかけた事は、その『夢』を見る様になってから一度もない。
もちろんその逆もまた然りだ。
他にも、あの少女はここ二年以内で何か『災害』が起きなかったか……とかどうとか言っていた。
俺はほんのつい最近……いや、正確に言うと、退院したのは二週間前の話だ。
でも、そんな『災害』なんて起きていれば、俺じゃなくても周囲に影響が出ているし、他の人が覚えているはずだ。
だが、そんな周りの人でそんな会話をしている人はいない。
確かに、俺が入院する前は、周辺住民から『文化遺産』とまで言われてしまう程に、古い家に住んでいた。
「それが今じゃ……」
俺は、現在の住居を見上げた。
その見た目は今までよりは新しいが、一見古くも見える。だが、中はかなり新しい……。
退院後、ここを訪れた俺は、もちろん驚いた。
なぜ「建て直したのか」と理由を何度か聞いたが、『なぜか』誰も教えてくれない。
だが、とりあえず常連客の人たちで、立て直してくれた……ということ『だけ』は教えてくれた。
今にして思えば、かなりおかしな話だと思う。
そもそも、『なぜ』俺が入院をしていたのか、その理由が分からない……。そして、ここだけでなく周辺の住居も新しくなっている理由も分からない。
「はぁ……」
なんか、俺だけ取り残されている気がしてしまう……。
「こんにちは」
「……こんにちは」
控えめな笑顔で俺に声をかけたのは、長髪で黒髪をなびかせた一人の女性だった。
「……」
この独特な雰囲気は、普通の人が発するモノとはどことなく違う様に感じる。
もちろん、年齢は違うはずだが、やはり先ほどまで話していた少女と類似している様に感じた。
「昨日も、いらっしゃらないようでしたので、今日もお休みなのかなと」
「あっ、すみません」
休業するつもりはなかったんです……と言いたい。
そう、元々はあの『骨董店』を訪れ、聞きたい事だけ聞いたらすぐに帰宅つもりだったのだ。
まぁ、俺が不眠でなければ、それでよかったのだが……。
そういえば、そもそもの原因である不眠になったのは、この目の前にいる『常連客』に言われて以降、今手に持っている『行灯』を使う様になってからである。
「…………」
「どうかされましたか?」
他にも、謎はある。少女にこの人の名前を聞かれた時、なぜか思い出せなかった。
「あの?」
「あっ、すみません。今から開けます」
もしかすると、今がこの人から色々聞くチャンスかもしれない。そう考えながら、家の鍵を開けた。
「……」
あの『骨董店』と同じ引き戸を開けると、俺の表情から女性は何かに勘づいたのか少し俯き、小さく俺に会釈をし、そのまま古書店へと入っていった――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それで、私に話とはなんでしょう?」
女性は、すぐに適当に古書を手に取り、改めて俺に尋ねてきた。
俺は冬場の夕方という事もあり、店兼住居に入るなりすぐに電気を点けようとしていた。
「え?」
「いえ、ふとそう思っただけなのですが」
まぁ、時期によっては電気を点ける必要もないが……。
「あっ、そうですね。あなたのお名前を教えていただければ……と思いまして」
「私の……名前ですか」
突然そんな事を言われても不審に思われると思った。
「あっ、言いたくなけば」
だから、すぐに言い訳がましく言っていたのだが……。
「そう、でしたね。あなたは」
「??」
「いえ、『コレ』は余計ですね。私の名前でしたね」
「はい」
「私の名前は『
しかし、女性は純和風な見た目に反して名前は、『
ただ、何のためらいもなくまるで質問されたから、ただ答えました……くらい平然と答えてくれた。
その名前にも驚いたが、その前の「コレは余計ですね」という言葉にも疑問を抱いてしまう。
「……あのっ!」
「あっ、はい」
考え込み、突然無言になった俺に、樹利亜さんは「聞こえていますか?」と聞くように大きな声で話かけた。
「その『
「あっ、はい。色々と……それで、もう一つ聞きたいのですが」
「何でしょう?」
「ここ二、三年で何か起きませんでしたか? 例えば……『火災』とか」
「えっ、ええ……ありましたよ。ですが、それに『関して』私から、何かいう事は出来ません」
「えっ」
確かに今、樹利亜さんは「あった」と認めた。
しかし、その事に関して何かいう事はない……なんていう言われ方をすると、逆に「何かあるのでは?」と疑惑になる。
「なぜ?」
「それに関しては、他人がどうこう言うのではなく、ご自身で気づかなくては『意味がない』のです」
「……」
樹利亜さんが言っている事は、結局あの『骨董店』にいた少女と言っている事と同じ意味だった。
「最後もう一つ。この『行灯』について何か知っている事ありませんか?」
「前にも言ったと思いますが、私はこの『行灯』については何も知りません。ただ、私はこの『行灯』はとても素晴らしいモノだと個人的に思ったんですよ」
「あなたは『桜』がお好きだとお聞きしましたが」
「ええ。そうですね。今でも昔も『桜』は好きですよ」
「特に好きな『桜』の種類などは?」
「私は『桜』なら何でも好きですよ」
どうやら俺が、何やら探りを入れている……。
それが分かったのか、樹利亜さんは、まるで俺をはぐらかす様に作った笑顔でサラッと質問の返事をした。
「ただそうですね」
「…………」
「もし誰かに会ったとしても、たとえその人がどれだけ知り合いだとしても、家族だとしても、あまり関わらないようにした方が懸命かも知れませんね」
「…………」
そう小さく呟き、そお茶を一気に飲み「ご馳走様でした」と、丁寧に一言お礼を言ってそのまま何事もなかったかのように帰って行った――。
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