第3話 結局 けっきょく
「それで? 結局?」
「結局も何も、どれだけ探してもないものはない」
友人の
「ふーん……」
京佳は「なーんだ。つまらない」とでも言いたそうに適当な相打ちをしながら、自分の弁当箱に入っている卵焼きを口に運んだ。
私としては「いや、もっと言う事があると思うけど?」と言ってやりたいかったが、私が京佳と同じ立場であれば……そう多分、京佳と同じ様に返していただろう。
――要するに、返事のしようがない。
ちなみに京佳と私は小学生の頃からの付き合いだ。クラス替えで偶然隣の席になり、さっそく分けられたプリントに記入をしようとした瞬間。筆箱を忘れた……というありきたりなミスをした私に、鉛筆と消しゴムを貸してくれた。
そんな些細な事から私たちは仲良くなった。
お兄ちゃんが亡くなった時、京佳は意気消沈してずっと暗い気持ちでいた私を励ましてくれた事もあった。
元々エスカレーター式の学校だった事もあり、持ち上がりで高校に上がってからも、京佳はずっと『良い友人』だ……。ただ、そんな事を言えば天狗になるのは目に見えているので言ったことはない。
だからと言って、私はあまり京佳に愚痴を言うこともあまりない。特に理由はないが、多分。私があまり気にする必要もない……と思っていたからだろう。
それに……弱いところを見せたら……、なんか負けた気がするのだ。
元々少し天邪鬼な自分の性格だが、昔からの付き合いだからなのか『おかしな負けん気』が起きてしまうのだが、今日は思わず愚痴を言いたくなるほどこの時は疲れきっていた。
――結局のところお兄ちゃんの部屋を探した後も、ありそうな場所は全て探した。
おかげ様でいつもなら正午ごろには終わる掃除も昨日は丸一日かかった。しかし、そこまでしても見あたらないのだ。
「そっか。うーん……棚の隙間は?」
京佳は、しばらく黙って、何か思い出すようにポツポツ呟いた。
「えっ?」
どうやら、京佳なりに考えて落ちていると
「……棚を全てどかして探したけどない」
とりあえず、昨日の事を思い出しながら呟いた。
「ベッドの下」
「……そもそもベッドじゃない」
「ポケットの中」
「まず、お兄ちゃんはもう亡くなっているし、そもそも家の鍵みたいに毎日使うモノじゃない」
「うーん、じゃあ掛け軸とか?」
「そんなモノ。お兄ちゃんの部屋にない」
「えー、それじゃあ分かるはずがないじゃない」
ムッとしながら私に言った。
京佳には悪いが、さっきから挙げられた場所は、私でもちょっと考えただけで出てくる場所ばかりだ。当然、探していないはずがない。
「だから、そう言っているじゃない……」
ため息混じりに、弁当箱に入っているウインナーの頭をつついた。
「でも本当、どこにあるんだろう」
心当たりは全て探したはずだ。しかし、どこにもそれらしきモノがない。
「……というか、そもそも『鍵』って存在するの?」
「えっ?」
「真里亜の話を聞いていると、そもそも『鍵』があるかどうかすら怪しいんだけど?」
「あー、うーん……実は」
そう、実はあの『箱』を詳しく見て分かったのだが、鍵穴に『鍵』を指したような
「ふーん。やっぱり」
「でも、他に方法が分からないから……」
それが正直なところである。それに「鍵穴があれば『鍵』があるのでは?」と考えるのが当然の流れだと思っていた。
「でも、使われた痕跡がないなら『鍵穴はフェイク』って事もあるじゃない」
「それも……そうなのかな」
京佳にここまではっきり言われてしまうとこちらも返す言葉がない。
しかし、『鍵』の事を否定してしまうとあの『箱』を開ける方法が分からなくなる……。そう思うと私はそれを完全に否定する事が出来なかった……。
「はぁ、せめて……」
「ん?」
「お兄ちゃんがいれば、教えてくれると思うのに……」
「まぁそりゃあ、持ち主だし……」
私が思わずボソッと呟いた言葉に、京佳はすぐさま反応した。まるでその言葉は、「それを言っちゃダメでしょ」と言っている様だった。
「っていうか、今のこの状況でタラレバ言っていても仕方ないでしょ」
「……まぁ、そうなんだけど」
確かに、京佳の言っていることはごもっともである。
「それに、この『箱』の持ち主で開け方を知っているはずの二人が、もうこの世にいないんじゃ……」
「どうしようもないわね」
いつの間にか弁当を食べ終わった京佳は菓子パンを千切り、口に放り込みながら私の言葉に答えた。
「えっ」
「そんな顔をしていたわよ」
「嘘……。そんな顔してた?」
「うん」
京佳は、私の顔を見ながら少し笑って答えた。
無意識にそんな顔していたのか……という思いはあったが、弁当を食べ終わり、今度は菓子パンを平然と食べている京佳に私は余計な心配をした。
「うーん……」
「……」
「そういえば、お兄さんって何か言ってなかったの?」
「えっ……何かって?」
「ほら、例えば最後に会った時に何か……。『箱』についてじゃなくても。この際いいからさ」
「……うーん」
最後……。
実は、お兄ちゃんに会うことは出来なかった。いや、会いに行こうと何回も足は運んでいた。
ただ……お兄ちゃんには会っていない。
それはなぜか……。今となって思ったのだが、私は日に日に弱っていくお兄ちゃんの姿を見るのが、耐えられなかったからだと思っている。
それに、あの日は……。
「…………」
「おーい」
「…………」
「おーい!」
「……あっ、ごっごめん」
ふと気が付くと、私の目の前に京佳の手があった。どうやら京佳は何度も私を呼びかけたらしい。
しかし、私の反応がなかったので、私の顔の前で手を振っていた。
「大丈夫?」
「あっ、うん。大丈夫」
病院を訪れた最後の日のことを思い出していたせいなのか、どうやら私は知らない内に心ここにあらず状態になっていたらしい。
「ねぇ、その箱……」
「ん?」
「……って、持っている訳ないか」
京佳は、黙ったままの私を見てまるで察した様に少し残念そうに呟いた。
「ううん。持ってきているよ」
「えっ」
京佳は驚いた様に目を見開いた。どうやら、さっきも自分で言っていた様に私が持って来ていない。と思っていたらしい。
「うん。それが……コレ」
スッ…… と問題の『開かずの箱』を京佳の前に差し出した。京佳はどう感じたかは知らないが、私としては『この箱』をどうしても開けたかった。
私としても「どうして……?」って聞かれても正直、上手く説明が出来ない。
ただ……そこまで複雑な感情でもない気もする。だが、どうもそれを説明する言葉が見つからない。
正直。私は、そこまで口下手って訳でもないはずだった。
むしろ私自身、『お喋り』ではない方だと思う。しかし、決して話しかけられて返事をしないという訳ではない。特に仲のいい京佳の前でわざわざ何か
「…………」
ここまで開けたい気持ちになるのは、やっぱり……お兄ちゃんが関係しているから……と実は内心、そう思っている。しかし、それはたとえ仲のいい京佳でも分からないだろう。
自分ですら分からない感情を他人に分かってもらおうというのは、なかなか難しく酷な話で、そういった感情の話は自分でなければ分からないはずだ。
とりあえず開けないと何も分からない……って事は自分でも分かっているつもりだ。
だから私は、この箱の話を京佳にして、もし箱の有無を聞かれた場合の事を考え、実はコッソリ持って来ていた。
「へー……持っていたのね」
京佳は、私から差し出された『箱』を受け取ると、じっくりと観察し始めた。最初は気が付かなかったが、この『箱』には何か入っていることが分かった。
「箱を揺 《ゆ》すると何かが入っている音がして……」
箱をじっくりと見ている京佳に伝えると……。
「まぁ、それはすぐ分かるんだけど……」
「…………」
すぐにそう返されてしまった。
私も「見つけてなぜすぐに気が付かなかったのか」いや「そもそも『鍵』が掛かっている時点でその可能性を考えなかったの?」と自分に言いたい気分ではあった。
「でも、今それを言うって事は、
「えっ、あっ……うん。あの時は……」
この箱を見つけた時の状況を思い出すと、「なぜ、お兄ちゃんのお婆ちゃんのモノが?」という疑問が最初に浮かび、「鍵を見つけないと」ということだけでいっぱいになっていた。
「ふーん」
「でも……」
「うん?」
「何となく……分かっている事も……ある」
しかし、今思えば最初の疑問についてはなんとなく察しがついている。
「そうなの?」
「うん。聞いた話だけど、実はお兄ちゃん。かなりのお婆ちゃんっ子だったみたいだし……」
それはお兄ちゃんも自分で認めていた。それに、母も父もそう言った事を言っていたのを聞いた事がある。
要するに、この箱は祖母からお兄ちゃんに渡った『モノ』だろうという事は、実は何となく知っていた。
しかし、その事を話すとなぜか京佳は不思議そうに私の方を見ていた――。
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